2017 10 ≪  11月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2017 12
Powered By 画RSS
スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
「パブリックマインド」と「こちらを見ている太陽」(part16スレ)
- 2009/08/21(Fri) -
614 :日出づる処の名無し:03/11/08 00:29 ID:d4PNlvFm
ツアーの話で思い出したが、外国にも「お伊勢参り」や「熊野詣で」のような、
庶民がこぞって参加するような旅行はあったのかな?
イスラム教徒のメッカやチベットの五体投地のような宗教的な聖地巡礼でなく、
旅の途中の観光に重点を置いた意味での旅行。
膝栗毛なんか読むと本当に楽しそう。平和じゃないとできない道楽だなぁ。

616 :日出づる処の名無し:03/11/08 00:39 ID:GgPJQYxZ
>>614
ちょいとみつけた。
http://www.monya.co.jp/zatsugaku/001029.html
観光とは、現代では一般的に、保養・遊覧などの慰楽的目的をもって旅行する事を言います。
その語源は、中国の古典「易経」の中の「国の光を観す」によると言われています。
その意味は、他国を巡歴して、その土地の風俗・制度・文物を観察する事です。
英語ではtourism=トゥーリズムと言いますが、
もともとはラテン語のtornus(ろくろ)から発したもので、
諸国を巡回旅行すると言う意味でした。
ぐるっと回って戻ってくるという事なのでしょう。
気晴らしのために人が旅行をしたという記録は、かなり古くから存在し、
その意味では観光は人類と共に古いとさえ言う事が出来るかもしれません。

古代エジプトにおいても、
神殿への巡礼の形をとった観光が存在していた事が古文書にも記載されており、
古代ギリシャでは「体育」「保養」「宗教」の3つが、
古代ローマでは「宗教」「療養」「食道楽」「芸術」「登山」が
それぞれ観光目的であったと言われています。

中世ヨーロッパでは聖地巡礼の宗教観光が大勢でしたが、
近世になると交通網発達・宿ギルド(inn guild)が発展して旅行しやすかった上に、
文芸が盛んになり、ゲーテ・バイロン・シェリー等の著名作家・思想家の作品が、
観光旅行の刺激となりました。この時代は、「グランドツァーの時代」と呼ばれています。

近代以降の観光は、知識欲や好奇心が主な動機となっており、
物見遊山(=sight-seeing)観光が、ホテルの大型化・旅行業者の出現等、
営利目的企業によって発達しました。

617 :日出づる処の名無し:03/11/08 00:52 ID:d4PNlvFm
>>616
おお、ありがとうございます。
「tour」と「観光」の語源初めて知った。
まさに人類と同じくらい古いんだなあ。

619 : :03/11/08 01:27 ID:+a5XFiQL
>>614
他にも富士講とかあるね。
富士山は世界でも有数の登山数だっていうし(その弊害がゴミなんだけど)、
日本人は山がけっこう身近なのかもしれない。

他の国だとどうなんだろうね。スイスの人とかもレジャーとしての登山の歴史は
やっぱそうとうあるのかな。

623 :日出づる処の名無し:03/11/08 04:10 ID:DXIIuPip
>>619
日本には、もととも登山というものはなかった。
富士山などに登るのは、山岳信仰などの宗教的意味で
山登り自体を楽しむという考えはなかった。

明治になって来日したイギリス人牧師ウェストンが
「日本アルプスの登山と探検」という本を出したことで
日本の登山の歴史が始まった。
(日本アルプスと名付けたのも彼)

**********

652 :日出づる処の名無し:03/11/08 21:02 ID:C4Mj2lnu
日本は通俗的に恥の文化と評され近代的な公の精神の伝統は無い。
つまり恥とは誰かの目線を意識する事であり
公の視線で捉えた人の道、正義の心という概念が本来ない為
中国から入ってきた概念「唐心」と呼ばれていた。
そしてこれを独善的正義に基づく頑迷な心としている。

656 :日出づる処の名無し:03/11/08 21:35 ID:XZo7GVvM
「近代的な公の精神」ができた国って
裏を返せば近代になるまで公の精神が
十分に確立しなかった国ってことじゃ…

657 :日出づる処の名無し:03/11/08 21:43 ID:FuWyiU2P
>日本は通俗的に恥の文化と評され近代的な公の精神の伝統は無い。
しかし、「人に迷惑を掛けない」っていつからの伝統なんだろうか?
いつの時代にも通じる最強の公共的なモラルのような気がするけど。

658 :日出づる処の名無し:03/11/08 21:51 ID:OTONgSyM
>>652お天道様に恥ずかしくないように、なんてのは
恥の文化を「太陽」という公の視線によって公の精神にまで発展させたもんじゃなかろうか。

668 :日出づる処の名無し:03/11/09 00:20 ID:kndWFDun
>>656
近代的な公の精神と言えばキリスト教のカリスタや個人主義でしょう。
ちなみに近代的でない公の精神と言えば「天道様に恥ずかしくない」
とか「バチがあたる」といった呪術的な物から脱していないものじゃないの?

>>657
「人に迷惑を掛けない」って言うのはコミュニティーマインドだね。
日本の場合歴史的に永遠と続く様な民族紛争や対立する異教徒同士の混在
天地がひっくり返っても受け折れがたい価値観の違う物同士の接触を
共同体を介さず行うと言った事がなかったから絶対に内輪にならない他者を
意識する事がなかった為にパブリックマインドの伝統は無いよ。

670 :日出づる処の名無し:03/11/09 00:48 ID:hlRjo4Hc
>>668
どうでもいいけど、もっとまともな日本語使えるようになってから
自説を説いても遅くはないと思うぞ。
あと、君、日本史を知らないみたいだね。

680 :日出づる処の名無し:03/11/09 01:43 ID:uctOuUBI
>>670
否、社会学的にはそうらしいよ。

683 :日出づる処の名無し:03/11/09 02:31 ID:/E30YEl+
>680
欧米発祥の学問は欧米の視点に縛られる。

一例:
西洋医学では、牛乳を飲んでおなかが緩くなる体質を
特殊な体質(名前忘れた)としているが、
実際は逆であり、牛乳を飲んでもおなかが緩くならないのは
牧畜中心の農業を行ってきた一部の白人だけである。

医学なら日本にも古くからあったので
欧米的価値観を相対化し、差し引いて評価することもできるが、
社会学は歴史が浅く、日本にはこれに相当するものが無かったので
学問の中にある欧米的価値観を相対化できないまま
へんてこりんな結論を出す者も多い。

684 :日出づる処の名無し:03/11/09 02:31 ID:CAL1dr1y
>>680
社会学という時点でダメぽ
社会学 = もっともらしいこじつけ

685 :日出づる処の名無し:03/11/09 02:38 ID:y2+rzjI2
>668
成る程、キリスト教は近代的で、神道は前近代的なのですね。

>日本の場合歴史的に永遠と続く様な民族紛争や対立する異教徒同士の混在
>天地がひっくり返っても受け折れがたい価値観の違う物同士の接触を
>共同体を介さず行うと言った事がなかったから
それはどこにある「日本」ですか?

686 :日出づる処の名無し:03/11/09 02:42 ID:k95Fg7qS
>>680
江戸時代の文献は山ほどあるから読め。
パブリックマインドが無ければ江戸の町はあんなに整備されてない。
少なくとも糞尿を道にほったらかしにしてた朝鮮人なんかとは比べ物にならんから。
伝統云々いうなら社会学よりまず歴史。

690 :日出づる処の名無し:03/11/09 03:08 ID:/E30YEl+
>686が良いこと言った。
>伝統云々いうなら社会学よりまず歴史。

もともと歴史の長いヨーロッパでは社会学は発展しなかった。
民族が持つ膨大な経験があれば、そこから社会に関する
十分な知恵を引き出せたから。

社会学が発展したのは主にアメリカ。歴史という財産の無かったアメリカは
社会学の理論を代替物にするしかなかったからだ。
極論を言えば、膨大な歴史を持つ日本人にとって
社会学はさほど重要ではない。
(歴史を持たない国家を理解するためには必要かもしれないが)

693 :Niur ◆jjkdNiurZE :03/11/09 03:28 ID:4OkHvqKr
>>683
いや、やっぱり西洋医学と東洋医学は別物ですよ
特に結果の解釈において二重盲検法に代表される様に
西洋医学はやはり西洋実験科学の一つかと。

医学と社会学の違いはやはり
実験科学と社会科学の違い
(所謂、理系と文系の相違)ではなかろうかと。

そのため、後者の方が妙な結論を出す余地があるのだろうと。

698 :683:03/11/09 03:54 ID:/E30YEl+
>693
俺が言いたかったのは定義のレベルの話です。
結果の検証に関してはおっしゃる通りなんだけどね。
>652の「近代的な公の精神」って結局は欧米社会の
モデルから定義づけられた概念であって、
正確には「西洋的且つ近代的な公の精神」なわけですが
社会学を語る人自身がそれに気づかないのは
問題だよねってことで。

703 :日出づる処の名無し:03/11/09 10:09 ID:tnXmL/tm
>>698
日本には「歴史的には」無いからしょうがないじゃん。

>>686
>パブリックマインドが無ければ江戸の町はあんなに 整備されてない。
コミュニティーマインドがありますけど何か?
日本には立派なコミュニティーマインドがありました。
これをパブリックマインドに昇華させる事が出来なかった事が問題だ。

704 :日出づる処の名無し:03/11/09 10:47 ID:lXvAnR8I
パブリックマインドの発達は西欧史が戦争の歴史だから。
より強い国家を作る為に最適化されていった。
社会防衛的側面が強い。

日本の思想史にも一神教やパブリックマインド自体は出てくる。
が、前面に打ち出して社会を統制する必要が無かった。
闘う国家としての統制は必要無かったし、十分に公共の思想があった為。
別に何も問題も無い。

日本の社会の発展と思想史上に乗らないパブリックマインドなんてもんを
前面に押し出しても日本の文化と精神、社会構造には当てはまらない。
日本のモラル低下は日本の教育が日本の思想史を語らない為、
日本の公共心が伝承されていないから。
他所から持ってくるべきものではない。

727 :日出づる処の名無し:03/11/09 17:12 ID:Fem8PxQL
要するに内輪の視線は気にするが、
そこを出ると公徳心が無くなるということをコミュニティマインド、
内輪以外でも公徳心を忘れないことがパブリックマインドなわけね。
しかし日本人て外からの視線
めっちゃ気にするタイプと思うんですが・・・
でもこれ日本だけの問題か?

731 :日出づる処の名無し:03/11/09 17:20 ID:MeXoSQtt
>>727
日本では「誰も見ていないがお天道様が見ている」とか
「誰も見ていないが自分自身が見ている」って思うからな。

742 :日出づる処の名無し:03/11/09 18:12 ID:osJ4Adm9
>>727
明治の頃に海外に出ていた日本人の記録を見てると、
あきらかにパブリックマインドはあったんじゃないかと思うなぁ。

744 :日出づる処の名無し:03/11/09 19:37 ID:ZAHWV09L
>>727は、外人の書いた日本人論の受け売りのような気がする。(ごめんね)
キリスト教の伝統を持たない日本人は、神と自分との関係という
概念が無く、他人に対する羞恥心があるかどうかだけで行動する。
もともとは農耕民族て、周囲と協力しながら云々…よって、
日本人にはコミュニティマインドはあるが、パブリックマインドは無い

というように語られることがとても多いですが、この方法で説明していくと、
結果的に日本社会の現状と矛盾してしまいます。
日本社会にははっきりと公徳心があるからです。
公徳心が無い国民によって、日本のような社会は作れないからです。
日本社会の安全、信頼、円滑な社会運営といった特徴は、
戦後にアメリカがもたらしたものではありません。
日本には地域限定の公徳心しか無いという主張の例として、
「旅の恥はかき捨て」というのをよく例にして語られますが、
日本にはそのような価値観しか無いのでしょうか?
日本人の恥の概念の中心は、自分の良心に照らしての恥であり、
他者の目から見た恥というのはその中の亜流にすぎないと思います。
これは神との関係で罪と罰を考えるよりむしろシンプルで確固とした
道徳規範となりえます。
日本にある「天に恥じない」「より高い社会の理想の為に己を捨てる」
という考え方、これは公徳心そのものです。
多くの日本人がそうだからこそ、明治維新や戦後復興ができたのです。
公徳心の範囲を「身内だけ」に限定するのは、
むしろ日本以外の西欧諸国、韓国、中国に多い考え方です。

西欧社会、中国、日本、より利己的なのはどこの国か、
日本以外の国の歴史を紐解いてみればよくわかります。

745 :日出づる処の名無し:03/11/09 19:59 ID:Fem8PxQL
近代のパブリックマインドは西洋のパブリックマインドの定義でしょ?
日本人の恥の概念も同じような役割をすると思うけどどうなんだろ?

746 :日出づる処の名無し:03/11/09 20:02 ID:ZAHWV09L
>>745
そうそう。ただ外国人には、
他人の目を気にする恥の概念としか思われがち。
日本の恥の概念はもっと大きいものだ。

748 :日出づる処の名無し:03/11/09 20:42 ID:mfhUGYO3
ウチの会社色んな国の人がきたり、海外に研修にいったりするんだけど
その人たちと話してて言われたのが、日本人は意見を簡単に受け容れると
自分の考えや意見があっても相手に共感出来る部分があればうけいれて
さらに自分の意見とあわせて広げていくのが上手くて早いって
会議とかで結論を日本人に求めるのは大変だが、途中意見が対立したり
煮詰まったときに意見求めるには最高の相手らしい(ただし、政治とか絡むとダメだそうだ)
欧米の人は相手の意見を受け入れるのはビジネス上自分の評価を下げる
トップはまた違うらしいけどね

749 :日出づる処の名無し:03/11/09 20:45 ID:yRpGXCf7
海外の対日観なんて"菊と刀"以降全然進んでないんだから、
そんな停滞した見方信奉してるやつはバカだと思う。

750 :日出づる処の名無し:03/11/09 21:03 ID:ZAHWV09L
>>749
菊と刀の人は、日本に来た事無いのに書いたんだよね。
そのわりにはよく研究してるけど、
読んでると腹立ってくるw

高校ぐらいから、あらゆる日本人論読みあさったけど、
わりと許せると感じたのは、ライシャワーのぐらいかなー
ところで、最近発売された
これ↓はわりとかなり深いとこまで日本人が共感できる内容らしい。

フローリアン・コウルマス著「日本の文化」伝統と現代
他方、コウルマスは、現在の日本関係の出版物において基本命題のように
繰り返されている概念、いわゆる典型的な日本的特質とされ、
笑いながら誤解されている大勢順応性、調和、上下関係といった概念についての
西洋の考え方の誤りを暴露している。
例えば、西洋の概念である「大勢順応性(Konformismus)」は、
社会的存在としての生活についての西洋的な考え方を含んでいるわけだが、
これに対して日本人の慣習は「個性の欠如」とか「面白みに欠ける」
といったこととは関係がなく、
礼儀正しさとか妥当性というものに関連しているのだ。
(※リンク先消滅)

751 :日出づる処の名無し:03/11/09 21:21 ID:ZAHWV09L
>>748
つねづねそう思っていたけど、客観的に外国人に指摘されると、
それが証明されたようでうれしい。
日本的な会議は、正しい答え、より良い答えにいきつこうとする。
その為には、自分の意見より相手の意見が良ければ、
自分の意見をひっこめたとしても、内容の妥当性が大事。
でも欧米とか中国では、
とりあえず自分の意見が正しいという大前提によって話し合いが始まり、
議論に勝った方の意見が採用される、って感じがする。
国際政治は妥当性というより、利害関係の衝突なので、
日本的なやり方がうまくいかないのかな。
でも、結論の妥当性がもっとも重要な会議では、
日本のやり方の方が合理的。

752 :日出づる処の名無し:03/11/09 21:34 ID:Fem8PxQL
>>751
イイ結論出すけど出すまで長いのが欠点かな・・・
日産も決断力ある指導者いたらゴーン氏じゃなくて日本人でもよかった気がする。
危機がそこに迫ってるときには頼りなく見えちゃうね・・・
日本政府も北朝鮮への経済制裁とかさっさとして欲しいのに・・・

753 :日出づる処の名無し:03/11/09 21:37 ID:yRpGXCf7
俺も日本論は結構読んだが、
"菊と刀"は内容が本当に正しいのかって事は置いといて、
日本に来たこともないのにあんだけ日本人の特性や考え方を書ききった事は
評価すべきだと思う。

問題は、この本を出発点として
日本人についての見方や研究を掘り下げていくべきだったのに、
それをせずただステレオタイプで語ることのみに腐心した
向こうの学者やマスコミの中の人じゃなかろうか?

754 : ◆I8NA0FaViA :03/11/09 22:08 ID:vaDC7Vk5
>>751
だって、外交って国と国とのケンカだもん。
そりゃ自己主張してないと、ツブされるよ。

ただ、国際協力プロジェクトなどの局面で、
ピンチに陥ってカリカリ来ているような場合は、
日本が纏め役に入るというのがベターな
立ちまわり方法なんじゃないかな。

763 :日出づる処の名無し:03/11/09 23:50 ID:/BXw9UHp
>751
一方の意見がごり押しされると
もう一方は感情的にしこりが残るしねー。
表面上は納得してるように見えても。

時間をかけて、利益はもちろん、互いの感情の折衷点を探して
後々の争いを減らすというのが日本流の真髄だと
俺は勝手に解釈してる。
(ただ、北のような”真性の馬鹿”に対しては”村八分”
という方法も用意されている。(w)

スピードや自己主張や利益"だけ"を優先させる欧米式は
そのリバウンドも怖いと思うが。

808 :日出づる処の名無し:03/11/10 21:47 ID:8UcqgHIe
>>744
公徳と言うものは広辞苑によると
社会生活の中で私たちが守るべき道徳。
より高い社会の理想の為に己を捨てるって言うのもそうだけど
これってコミュニティーマインドだよね。

パブリックを共同体のことだと考える小林よしのり的な見方は
近代社会では非常識そのもの。
どこの先進国でも常識になっている近代社会のパブリックとは、
異なる共同体に属する人たち、あるいはどの共同体にも属さない人たちが、
互いに侵害しあわないで共生するための、
ルールや想像力の領域のことを言います。
あるいはそうした他者たち自身から直接なされる要求に、
いかに応える(レスポンスする)か、ということです。

明治維新以降日本にもパブリックマインドの様な物がありました。
「天皇の赤子」とか「一君万民」というものです。
教育勅語なんかは完全にパブリックマインドだとおもいます。
でもこの場合公の場で異なる共同体の人間も強引に身内にしてしまうという
狂気の独善となる危険性を秘めているので
互いに侵害しあわないで共生するためのルールとは言えません。

戦後復興は国民が一丸となって豊かな生活を求めたからこそ成功した訳で
その証拠に人間性よりも生産性を重視したために
公害問題がしばらくおざなりにしてしまうという問題がおきています。

810 :日出づる処の名無し:03/11/10 22:05 ID:DHeAvlOm
>>808
>どこの先進国でも常識になっている近代社会のパブリックとは、
>異なる共同体に属する人たち、あるいはどの共同体にも属さない人たちが、
>互いに侵害しあわないで共生するための、
>ルールや想像力の領域のことを言います。
実現する能力の事であれば公徳心のある国は現状何処にも無いな。

そういう状況に思いを馳せ道を説く、というのであれば、日本はその伝統はある。
古くに神道と仏教が出会い江戸には三教が競う状況の中での
長き思想的遍歴は、なかなか深いぞ。

815 :日出づる処の名無し:03/11/10 22:40 ID:kD/jr5fE
>>808
それならば、と思ったら、>>810がすでに私と同じ考えですね。
実現する能力の事であれば公徳心のある国は現状何処にも無いな。

考え方というか、概念のことならば、
あなたが考える、パブリックマインド発祥の国と、
現在それが発揮されているその具体的成功例を挙げてくれた方が、
概念を長々説明するよりもわかりやすいと思うが。

国連とかWHOがそんなかんじだが、あれだってその中から除外された国は
恩恵を受けられないから地域限定で違うんじゃないの。

ところで、日本が鎖国していたというのを考慮してもらえれば、
日本は、江戸時代の封建制度はパブリックマインドだと思うよ。
日本国内の異なる藩が、幕府を中心に統括されて、
戦国時代に終わりを告げたんだからね。
どのみち普遍的にどこでも通用するものなど無いのだから、
日本のは特殊だから日本には無いと言い張るほうがおかしいと思うよ。

829 :日出づる処の名無し:03/11/10 23:12 ID:8UcqgHIe
>>810
> そういう状況に思いを馳せ道を説く、というのであれば、日本はその伝統はある。
> 古くに神道と仏教が出会い江戸には三教が競う状況の中での長き思想的遍歴は、
> なかなか深いぞ。
それってもう終わってしまっている事で伝統じゃ無いよ。
現代にも残っていないとね。
前例があるだけで伝統だという人がいるけどそれは間違いだ。

>>815
>現在それが発揮されているその具体的成功例
パブリックマインドと弾圧のダブルバインドによる浸透力によって
現在もキリスト教圏は制力を拡大していますよ。

845 :815:03/11/10 23:52 ID:kD/jr5fE
>>829
>それってもう終わってしまっている事で伝統じゃ無いよ。
>現代にも残っていないとね。
現代に残っていることは、日本人である私にはよくわかっています。
日本の文化は、分断されたものではなく、継続しているからです。
無いと断言するあなたには、残っていないみたいですね。
もしくは、日本人では無いのでしょうか?

>>現在それが発揮されているその具体的成功例
>パブリックマインドと弾圧のダブルバインドによる浸透力によって
>現在もキリスト教圏は制力を拡大していますよ。
それが、パブリックマインド?
弾圧のダブルバインドが認められるなら、
その理屈で言うと、太平洋戦争だって、アジアの解放という名目で、
日本人のパブリックマインドを発揮したものだよ。
でも、さっきあなたは、>>808で、
>でもこの場合公の場で異なる共同体の人間も強引に身内にしてしまうという
>狂気の独善となる危険性を秘めているので
>互いに侵害しあわないで共生するためのルールとは言えません。
と言っています。キリスト教国の歴史はまさに
異なる共同体の人間も強引に身内にしてしまうという狂気の独善
であったのでは?
キリスト教の歴史は他国との血みどろの歴史です。
これがパブリックマインドの実例?矛盾してますね。

847 :日出づる処の名無し:03/11/10 23:54 ID:tm5QNdiI
>>829
>それってもう終わってしまっている事で伝統じゃ無いよ。
>現代にも残っていないとね。
>前例があるだけで伝統だという人がいるけどそれは間違いだ。
おいおい勝手に終わらせんなよ。
明治も大正も昭和もその思想遍歴の延長線上に積み重なったもの。
日本は西洋を導入したんであって塗り替えたわけではない。
今までの日本の上に西洋文化を積み重ねた。
東を否定し西を肯定するも、やがて古きを否定した論理は、
新しく来たものをも否定する論理となる。
日本の近代の思想史はそういう西と東の論理のせめぎ合いであり、
古きを廃棄して西洋をそのまま取り入れたわけではない。
ゆえに西洋のパブリックマインドから見れば異質であり規格外だが、
剣道をフェンシングのルールで観戦するような無理がある。
それは日本には日本の思想史があり日本なりの解決をしてきたのだから。

>パブリックマインドと弾圧のダブルバインドによる浸透力によって
>現在もキリスト教圏は制力を拡大していますよ。
多くの国で反発があるのも判ってるよな?
お互いに侵害しあわないで共生するためのルールや想像力の領域とはならなかったから、
今戦争やってんだろ?
弾圧でイスラム勢力を制圧する、
またはパブリックマインドで共生する力が近代国家にあるとは思えんな。

882 :日出づる処の名無し:03/11/11 02:13 ID:a68+grEN
パブリックマインドねえ…
日本人に倫理感はあるが倫理に基づいた
近代的な伝統ってあったかな?
それを示せば解決するんじゃないの?

886 :日出づる処の名無し:03/11/11 02:59 ID:kK+LZkXB
>>882
欧米では古くから、上流階級の人々や知識人の間には倫理観があったが、
一般大衆にはあまり浸透していなかった。
それが近代になって、近代化とともに民衆の生活レベルが向上して、
大衆にまで広がっていった。

一方、日本では江戸時代の農民などを考えてもわかるように、
大衆レベルでも倫理観は広く存在した。
だから近代になって突然あわてて倫理観を広める必要がなかった。
ということなんじゃないの?
この記事のURL | ジャポニスム | CM(23) | TB(0) | ▲ top
<<戦隊ヒーロー物はなぜ5人なのか(part16スレ) | メイン | どのように数学を教えるか[後編](part16スレ)>>
コメント
-  -
>4246

戦国時代だって、裏切り上等って程に野放図なことが許される時代ではなかったよ。

あくまで上位者の失政なり落ち度なりを批判し、その上で改善されないのであれば討ち果たす、みたいな「手続き」や「他者ないし世間に対する大義名分」が必要とされてた。

公徳心が全国規模で広く隅々まで行き渡って安定した社会が築かれたのは江戸期以降だけど、大義名分を重んじて、非道な振る舞いをすることを忌避する感情は、長く続いた戦乱の中でも割合にちゃんと保持されていたようなんだよね。
2009/08/26 00:21  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
そりゃ、マスコミにとっては、2ちゃんやネットにはマスコミより
「馬鹿しかいない」事にしとかないと、自分達の存在意義が無くなりかねないからね。
現実に赤字もデカくなってきたし、自分を守るためには、ネットに消えて欲しい。
あるいは、自分達の管理下に置きたいのが本音でしょう。
2009/08/24 16:41  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
戦国時代までは裏切り上等の社会だったから、江戸期の朱子学の影響も大きいじゃないですかねぇ>公徳心
2009/08/24 12:18  | URL | #Ock1GnUU[ 編集] |  ▲ top

-  -
>>4225
誰が上手いこと言えとwww

バックパッカー的な旅もしたいけど余裕がないしノウハウもない……。
一昔前の日本ではそれが普通だったと思うと羨ましい。

2chでも頭いい奴は東大レベルもいるのにTVでの扱われ方は酷すぎると思う。
2009/08/24 12:13  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
ああ…授業でディベートってやらされたけど、あんまり好きじゃなかった。
賛成が反対かは重要じゃなく、相手を言い負かすことを競うってのがすごい違和感。
2009/08/23 23:16  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
日本のパブリックマインドって「お互いさま」 じゃね?
2009/08/23 08:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
旅の恥は掻き捨てればいいのかもしれないけど
地元に訪れた旅人に対してかいた恥をどうすればいいのか未だにわからん。

あの旅行者さんはどう思ってるだろう。日本のこと。日本人のこと。私のせいで悪い印象になってないかなぁ→どんより

最近ずっとこんな感じだ…。
2009/08/23 05:19  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
4239です。

>808 :日出づる処の名無し:03/11/10 21:47 ID:8UcqgHIe は小林よしのが…って言ってた人です。

書き忘れたorz

2009/08/23 05:13  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
もうわけわかんない上に、気になってしょうがないからいろいろ調べた。

以下英語での意味
the public mind = 世論、一般の心(エキサイト翻訳とかでの訳)
    国民の意識(ウェブ ページの翻訳を使った訳)
public spirit = 公共心(辞書)
community spirit = 共同体意識(辞書)
コミュニティーマインドって単語を使ってるサイトは英語でも日本語でも見つからなかった。mind communityなら英文で載ってた。

スレ内では、この辺りを混同して、話がかみ合ってないってことなのかな。
社会学とか知らないし、文中にソースがないから読んでるこっちは混乱した。それともわからない自分がバカなのかorz

それとパブリックマインドの説明らしいものもみつけたよ。あってるか知らないけど。
ttp://www.doyukai.or.jp/database/teigen/970327.htm
第3章 構造改革の進め方
③ パブリックマインド
(1)3つの基本理念(民主主義・市場原理、法治主義)とパブリックマインド
以上の民主主義・市場原理、法治主義という3つの基本理念の前提となるものが社会通念としてのパブリックマインドである。
(中略)
パブリックマインドは、官・民という対立概念を越えるものであり、互いに協力し合ってよりよい社会をつくっていく上で、官庁・民間企業・消費者などの立場に関わりなく、国民の誰もが身につけていなければならない根源的な社会意識である。
(中略)
なお、憲法12条では、基本的人権の乱用を禁止しているが、これはパブリックマインドを的確に表現したものである。


>808 :日出づる処の名無し:03/11/10 21:47 ID:8UcqgHIe
あとこの人の意見はここのコピペのようだよ。
ttp://www.bekkoame.ne.jp/~topos/siso/saifa.html
パブリック・マインドの欠如

意味がわからない上に長くてごめんなさいorz
2009/08/23 05:07  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
西洋社会式に定義したものを
日本に無いww
お前ら反論必死すぎww
それはこじつけwwww

なんてやられてもな

そりゃ無いの当たり前だろ
定義外なんだから
2009/08/23 01:10  | URL | #fzXxwl2E[ 編集] |  ▲ top

-  -
旅の話。
もっと日本もバックパッカーの文化が広がれば良いのに。と思います。ツアー組んで高級ホテルに泊まって散財するんじゃなくて、テントやドミトリーの安宿に泊まって自分で行き先調べてぷらぷらするのが、欧米各国の人々と比べてまだまだ。
いや逆なのかな。お遍路さんやお伊勢参りの文化が廃れちゃっただけなのか。
2009/08/22 17:45  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
>異なる共同体に属する人たち、あるいはどの共同体にも属さない人たちが、互いに侵害しあわないで共生するための、ルールや想像力の領域のことを言います。

日本の伝統的な解決方法
「あたらずさわらず」
で、万事OKじゃないかと。
2009/08/22 12:44  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

-  -
「旅の恥はかき捨て」って、照れは捨てて積極的に旅行を楽しもう、って事じゃないの?
普段はポーズをつけて写真を撮られるのは恥ずかしいけど、旅行の記念写真ならやっちゃおうよ、みたいな。

旅先で知ってる人が居ないからって、マナー違反や犯罪レベルの事をするというのは、間違った拡大解釈だと思う。
2009/08/22 10:42  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
>パブリックを共同体のことだと考える小林よしのり的な見方は
>近代社会では非常識そのもの。

唐突に出てきた小林よしのり批判で、この人の出自がわかりましたw
ゴーマニズムから戦争論に至る過程で、
赤尾敏のような右派扇動家と思われていたようだからね、
主に特亜方面からww
2009/08/22 06:52  | URL | #4pb.B1VE[ 編集] |  ▲ top

-  -
毎度の事ながら、みんな詳しくて感心するわ。
和をもって尊しと成せってのは、コミュニティマインドなんだな。
2009/08/22 02:07  | URL | G #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
 古代から水稲をしていたからかな?

 水稲をするには水が必要で、灌漑設備設営だけでなくメンテナンスが重要で、それを怠ると飢餓の危険性がある。また、大量生産するためには地域住民の協力も不可欠。これが公共心の原点になるのかな?

 そこに神道が加って「お天道様が見てるよ」という、倫理・道徳観が生まれたとか。
2009/08/22 02:00  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
「菊と刀」は作者本人が
「あの本は信用するな」って言ってるぜ。
2009/08/22 01:17  | URL | 誰か #OARS9n6I[ 編集] |  ▲ top

-  -

上手ですね。
思わず大きく頷きました(笑)
2009/08/22 00:56  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
毎度ながらインテリの話はすごいなと思ったが
これみんな2chのレスなんだよな
2009/08/22 00:50  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
こいつら相変わらず詳しすぎだろ。
2009/08/21 23:46  | URL |              #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
 日本は、縄文時代に既に「他の共同体がやってきても争わずに共存できる」社会だった。
 
2009/08/21 23:11  | URL | #UwJ9cKX2[ 編集] |  ▲ top

-  -
小難しくてよく分からないけれど、取り合えす西洋マンセーで必死な人が居ると言うことだけは判った。

>>829の
>> そういう状況に思いを馳せ道を説く、というのであれば、日本はその伝統はある。
>> 古くに神道と仏教が出会い江戸には三教が競う状況の中での長き思想的遍歴は、
>> なかなか深いぞ。
>それってもう終わってしまっている事で伝統じゃ無いよ。
>現代にも残っていないとね。
今も続いているのに、何を見ているんだろうと思う。

>>現在それが発揮されているその具体的成功例
>パブリックマインドと弾圧のダブルバインドによる浸透力によって
>現在もキリスト教圏は制力を拡大していますよ。
勢力拡大というより、相手を否定する形での侵略的拡大だよなぁ……。


話は変わるが、『旅の恥は掻き捨て』ってたいてい『旅先で恥じかこうがどうしようか関係ない』って言う解釈だけれど、別の解釈では、『旅先でかいた恥は、拭うことが出来ないから気をつけろ』って言うのもあるようだ。
2009/08/21 21:13  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
欧米の議論
人間vs人間

日本の議論
人間vs不和
2009/08/21 21:13  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top


コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://japonism2ch.blog57.fc2.com/tb.php/89-29e2d0e8
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。