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ドイツとの年輪(part15スレ)
- 2009/07/19(Sun) -
229 :ガイシュツかな?:03/10/12 13:21 ID:QU2/IRYT
現在ドイツのボンにある国立絵画展示館にて「日本の心と美」展が開催中・・・
今回の展示では、書院、茶、能、甲冑、琳派の作品など
主に中世から近世にかけての文化が紹介されています。
また、会場にしつらえた舞台で能を上演するなど主催者側も頑張っていて、
現地ではけっこうな好評を博している模様です。

231 :日出づる処の名無し:03/10/12 14:36 ID:1k/s4yEE
>>229
NHK教育の日曜美術館で紹介してた。

232 :Niur ◆jjkdNiurZE :03/10/12 20:43 ID:YpL5sjRo
琳派かぁ。渋いいい。
ドイツは、日本文化浸透はこれから本格化するのかもしれませんね。
連中は中国趣味とジャポニスムの区別がついてなかった気がする。
三国同盟時代の官製交流が底の浅かったことの証左でもあるかも。
(官製交流が浅いのは日韓などでも良くわかるが)

個人的には仏伊で独よりは浸透しているのは不思議。
特にイタリア。アニメの影響だろうか。やはり。
それとも相当前からソフトパワーに重点を置き始めていた
両国ならではなのだろうか。

233 :日出づる処の名無し:03/10/12 20:56 ID:pzoHaflT
>連中は中国趣味とジャポニスムの区別がついてなかった気がする。
ケルン東洋美術館を作ったのも「日本の弓術」書いたのもドイツ人じゃなかったか。

237 :Niur ◆jjkdNiurZE :03/10/12 23:29 ID:YpL5sjRo
>>233
まあシーボルトも山オランダ人ならぬドイツ人だった訳ですが
先達が偉大すぎるせいか、ドイツの以降の政治的地理的状況の故か
それ以上なかなか進まなかったなと。

240 :日出づる処の名無し:03/10/13 00:26 ID:qd49HQIl
このテの話聞くたびに思うんだが、
第一次世界大戦でドイツ(の植民地)を火事場泥棒的に攻撃して
ドイツ側の反感をかなりかったというのを、
どういうわけかさっぱり頭に入れてない人が多いんだよな

242 :日出づる処の名無し:03/10/13 00:36 ID:czXKs58c
>>240
>火事場泥棒的
解説きぼん
日英同盟を理由に参戦、としか聞かないからさ

243 :日出づる処の名無し:03/10/13 00:43 ID:pWHkD5aV
>>240
俺も英国から切に要請されて出兵した、と聞いた。

249 :日出づる処の名無し:03/10/13 04:54 ID:J8tfjlPQ
>>243
イギリスの出兵要請に対し、ヨーロッパへは申し訳程度に艦艇を送っただけだが、
ドイツが中国に持っていた租借地・青島(チンタオ)や南洋諸島へは攻撃をかけ、占領した。
(この時、アメリカ並みに陸軍をヨーロッパに送っていれば、
その後の日英同盟破棄もなかったというのが渡部昇一氏の持論)。

連合国から見れば、戦争の主戦場には来なくて、
どさくさに自国の領土を拡大した火事場泥棒と見られても仕方ない面もあるが、
ドイツがどう思ったかはわからん。
なぜならこの時、捕虜になり、日本各地の捕虜収容所に送られたドイツ人たちは、
かなり自由で地元民と交流した。
ソーセージ、ワイン、ドイツパン、トマトケチャップの作り方などが彼らから伝えられた。
年末にベートーベンの第九交響曲を演奏するようになったのも、
徳島の坂東俘虜収容所のドイツ人たちが演奏したのがきっかけ。
捕虜たちは帰国後も、坂東会を作り、思い出を偲んだという。

日本でバームクーヘンを初めて売り出したユーハイムの創業者もこの捕虜の中にいた。
日本軍の捕虜になるときの日記もある。

250 :249:03/10/13 04:55 ID:J8tfjlPQ
ちなみに加山雄三主演で「青島要塞爆撃命令」という映画にもなっている。

日本軍を罪悪感を持たずに描ける戦争アクション映画。特撮は円谷英二。

このときの捕虜の中には、後に日独交流に尽力する人も多くいた。

ヨハンネス・ユーバーシャール(1885-1965)
 青島では情報部通訳。帰国後は、ライプツィッヒ大学日本文化研究所を創立。神戸で没。
カール・フォン・ヴェークマン(1879-1960)
 青島では砲兵中隊中尉。OAG(ドイツ東洋文化研究協会)理事。
フリッツ・ルンプ(1888-1949)
 帰国後は、日本美術研究の第一人者として活躍。
カール・ブッチングハウス(-1944)
 ソーセージ職人。習志野で解放された後、日本女性と結婚。東京にソーセージ工場を開業。
ハインリッヒ・ハム
 青島へ召集された後、習志野で解放。
 彼が心血を注いだぶどう園は現在サントリー山梨ワイナリーとなっている。
ヘルムート・ケテル(1893-1961)
 日本に残留。東京にレストラン「ケテル」を創業。
ヨーゼフ・ヴァン・ホーテン
 日本に残留。明治屋でソーセージを指導。
ハインリッヒ・フロイントリープ
 解放後は敷島製パン技師長を経て、神戸に菓子店を創業。
アウグスト・ローマイヤ
 解放後は東京でソーセージ工場を創業。現在もブランドとして親しまれている。
フリードリッヒ・ハック(-1949)
 昭和11年(1936)日独防共協定の仲介役となる。その後スイスに亡命。

251 :日出づる処の名無し:03/10/13 12:27 ID:faGLZzVR
>>249

(・∀・)つ〃 へー、へー、へー

イギリスのワガママにも思えるけど

252 :日出づる処の名無し:03/10/13 12:35 ID:Y20Kzlrg
>>249
> イギリスの出兵要請に対し、ヨーロッパへは申し訳程度に艦艇を送っただけだが、
> ドイツが中国に持っていた租借地・青島(チンタオ)や南洋諸島へは攻撃をかけ、占領した。
お互い遠いからね。
同盟国でお互いを信頼しているからそうしたんだと思うが。

255 :日出づる処の名無し:03/10/13 14:02 ID:vdym36SX
>>252
陸軍を派遣したら多分大量の死者がでたと思うよ。
こうなると英国も簡単に切ることは出来なかったはずだろうな。

それに陸軍としても機械化された総力戦の恐ろしさを実感してその後の
歴史は大きく変わっていた可能性は大きいと思う。

256 :日出づる処の名無し:03/10/13 14:57 ID:Sv8vf6Bg
ノモンハンで変わらなかったんだからダメじゃないかなぁ。

258 :日出づる処の名無し:03/10/13 16:40 ID:m7ZoqoCV
陸軍当局もそれなりに欧州の新しい戦争の形態には興味を持ってたけど、
金が無いからね。小さな部隊ごとに機関銃を配備し、大人数での総突撃で向かうような
旧世紀のやりかたは止めて小人数での自主的な行動など
出来るとこから改良はしている。

日華事変初期に欧州の戦訓によって作られたゼークトラインを突破できたのも
研究と訓練の成果だったけど、その先は金もなければ暇も無かったと。

264 :日出づる処の名無し:03/10/13 17:52 ID:+3AD5HN6
>>249
ユーハイムの歴史面白いですな・・・
関東大震災で裸一貫になってまた出直したり
バリバリの職人気質で質の高い物しか許さないのは日本人に通じますな。

265 :日出づる処の名無し:03/10/13 18:42 ID:YLvL0seO
>>249
ユーハイムの歴史、全部読み終わったよ。へたな小説より面白い。
近所のデパ地下にも入っているユーハイムに、こんな歴史があったとは。

映画に出来そうだ。
まずは、こんなシーンから・・・

「夜が明けると、青島が降伏したことが伝えられた。
「―― 玄関のガラスが、割れる音がした…
・・・続いてドカドカと、家の中に踏み込んでくる乱暴な足音。1・・2・・
・・少なくとも、3人はいる。
バーンッ!!という大きな音とともに
ぱあっと地下室に光が射し込んできた。
… 見つかった!!!
逆光の中に3人の日本兵が浮かび上がっている。
日焼けに干し固まった顔。ぎらつく眼。
泥まみれの服装。
そして、手に手に、血の匂いが染み込んでいそうな、
剣付き銃を構えている。

266 :2:03/10/13 18:42 ID:YLvL0seO
「… あまりの恐怖に、呼吸も時間も、すべてが止まったかに思えた。
しかし次の瞬間、3人の日本兵は構えていた銃をおろし、
妙に寛いだ表情を浮かべた。
そして、中の一人が、ポケットから何やら取り出し、
私の後ろで震えていた、ニッケル夫人の子供に向かって差し出したのだ。
そしてしきりに、
"食べろ"
というジェスチュアをしてみせる。
見ると、彼のごつごつした手のひらには、赤や青に染められた、
機雷のような鋭いトゲを四方八方にのばした小さな粒が・・・
・・・・
・・・毒薬だ!!
「… すると日本兵は、
"わからないのかなぁ"
という苦笑を浮かべ、
やにわにそのトゲトゲの粒を、自分の口に放り込んだのだ。
・・・あっ!!
っと驚く私たちの顔を見ながら、
無邪気に健康そうな音をカリカリとたてて粒を食べている。
そして、ひと粒食べ終えると、
にっこりと人のよさそうな笑顔をみせた。

肩の力が、いちどきに抜けた。
そういえば、いつか聞いたことがある。
これは、日本の伝統のお菓子、"金米糖"だ。 ・・・・・・

そして、カール・ユーハイムの回想シーンへ・・・

268 :日出づる処の名無し:03/10/13 20:54 ID:EaoOGgph
確かコンペイトウはカステラなどと同じく江戸時代に
入ってきたものだったはず。

でもドイツにはなかったのか。

276 :日出づる処の名無し:03/10/13 22:27 ID:ny5L8U2c
>>268
ポルトガルのコンフェイトは、もっとでかくて普通の飴玉っぽい。
日本の金平糖とは見た目がかなり違う。

277 :Niur ◆jjkdNiurZE :03/10/13 22:47 ID:zko6KW9c
>>240
成るほど。結果として、そう見られた部分はあるですからね。
ただドイツ皇帝は日本の勃興を嫌ってたとかいう話を聞いたことがあるです。

一次大戦の日本の連合陣営への協力については、いろいろ議論もあるのですが
例えばロシアへの小銃供給は98万挺に達し、小さなものではなかった
と言う事もできそうです。
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/honbun-2/japans%20participation%20to%20ww1.html

毎度毎度の事ながら外務省がヘタレな事が根本にあるような。

278 :日出づる処の名無し:03/10/13 22:55 ID:f3wJbvDG
日独の同盟のときにドイツの軍部では議論になったんだよ
自分たちが色々教えたのに、日本は裏切りやがって・・・ってね
そこは政治的判断で同盟したわけだけど、当時親中派も結構な勢力があったそうです

279 :日出づる処の名無し:03/10/13 22:57 ID:vdym36SX
>>278
日独同盟って、元々ドイツが中国に兵器援助していて日中戦争で
苦しめられたからってのも大きかったような。
確か南京攻略戦で当時最新鋭の一号戦車が出てきて日本軍が苦戦した
ってのもあったな。

280 :日出づる処の名無し:03/10/13 23:09 ID:ny5L8U2c
>>279
装備も援助したから、当時の中国兵はドイツ軍のヘルメットをかぶっていて
まるでドイツ軍好き日本人のコスプレ状態

281 :日出づる処の名無し:03/10/13 23:23 ID:jsgaNb1S
元々、ドイツは親中で独伊中(国府)で同盟結ぶ予定だったんだが、
国防軍諜報部のカナリス提督ってのが親日家で日本軍の精強さを買っていて、
ヒトラー総統に中国軍は日本軍に一度も勝ってないとか言って方針を変更させた。

282 :日出づる処の名無し:03/10/13 23:24 ID:hnFkXcnU
そうか!
・第一次大戦でチンタオを落とし、ドイツ領の南洋諸島を委任統治した日本。
・日英同盟を結んでいたからドイツにとってはづーっと敵。
・敵の敵に援助する=国府軍に援助する。
・第一次大戦当時に現役で参戦したヤツがドイツ国防軍にはゴロゴロ居た。
そんな背景でしょうかね?
>>280
モーゼル重拳銃って、国府軍の提戦隊ってイメージが強すぎ

284 :日出づる処の名無し:03/10/13 23:29 ID:ny5L8U2c
>>281
ソ連侵攻時のヒトラーの演説
「3000年間無敗の日本と同盟した我がドイツは、不滅だ」

285 :日出づる処の名無し:03/10/13 23:29 ID:l7/8yg4f
ドイツと中国が同盟結んでいたら歴史は大きく変わっていたな。

292 :日出づる処の名無し:03/10/14 00:28 ID:SLFWfCuD
日独同盟は元々ヒトラーは有色人種をことごとく見下していた
ほどだったのを、日本に武官として駐在していたハウスホーファーが
日本の朝鮮併合を目の当たりにして戦争もせずに隣国併合した
日本はすごいとかなり感動したらしく、ドイツに戻ってからも
ずっと日本を紹介する本を書いたりして、ヒトラーにも直に会って
日本はすごいよーと勧めてヒトラーもそこまで言うならと次第に
同盟しようかとなっていったらしい。

地政学の本でそう書いてあった。ハウスホーファーがいなければ
日独同盟も有り得ずに済んだはずだという論調だった。

293 :日出づる処の名無し:03/10/14 00:38 ID:Xc7Ctq9J
>>292
海軍国の英国を牽制する目的もあったらしいが。
当時でも日本はすでに一二を争う海軍国だったので、その日本と
組むのは陸軍国のドイツには大きなメリットがあったみたい。

295 :日出づる処の名無し:03/10/14 01:04 ID:SLFWfCuD
>>293
地政学の本だったのでそこに書いてあったのは
ドイツは大陸国でイギリスは海洋国なために
イギリスの方が地政学的には不利なためドイツには対抗心がかなり強かったが
ドイツから見ればイギリスは
それほど気に掛かる存在だったわけでもなかったように書かれていた。

それよりも同じ大陸国のロシアに対して牽制するために
日本は都合が良かったそうだ。

299 :日出づる処の名無し:03/10/14 02:06 ID:69ks7faa
>>249
これが日英同盟破棄のきっかけのひとつとすれば
逆に日英同盟締結のきっかけは、義和団の乱。

中国 対 日米英独奥露仏伊などの連合軍という
世界の軍隊、全員集合みたいな中で、日本軍はずば抜けて立派だった。
詳しくは↓
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog222.html

>当時の超大国イギリスがその長年の伝統である「光栄ある孤立」政策を
>わずか半年で一大転換し、なおかつその相手がアジアの非白人小国・
>日本であるとは、いかにも思い切った決断である。
>その背景にはマグドナルド公使自身が一年前に経験した一大事件があった。

三国同盟もそうみたいだが、国家の同盟とは、冷徹な国益の計算でなされているように見えて
意外と、こういう個人の力や、感情で左右されるものらしい。

義和団の乱は「北京の55日」という映画になっているが、日本はあまり活躍しない。
(ラストで各国の援軍が到着するシーン、日本軍は君が代の行進曲で入ってくるが
吹き替え版では別の曲に差し替えられていた)
ついでに、義和団の乱のゲームもある。

義和団事変を英語で言うと、The Boxer Rebellion (拳法家の反乱?)となるらしい。

302 :日出づる処の名無し:03/10/14 03:57 ID:yLOlpYOd
義和団の乱は「北京の55日」という映画になっているが、日本はあまり活躍しない。

アメリカらしいよな・・・・・・

300 :日出づる処の名無し:03/10/14 02:56 ID:yLOlpYOd
僕がためらったのには二つ理由があった。
ひとつには、バウムクーヘンを焼くにはそれ相応の設備がないと難しいということ。

頑丈な心棒が要るし、堅い樫の薪もいる。
薪は、一度燻しあげて、
火がはぜないように皮を剥ぐという手間もかけなければならない。
ふたつめに、日本人の味覚がある。
青島陥落の日、僕の店を日本兵が荒らしていった様子を、エリーゼの手紙で知った。

甘いものに飢えていた日本兵は、ガラスケースを叩き割りながら
次々にお菓子をほおばっていったという。
しかし、
「甘すぎる」 「苦すぎる」 「バタ臭い」
と、また次々に吐き出していたというのだ。
日本とドイツとの間には、深い味覚の隔たりがある…」

303 :日出づる処の名無し:03/10/14 06:02 ID:0N+dxIbN
>>300
贅沢な奴等だw

304 :日出づる処の名無し:03/10/14 08:42 ID:ryPMIsVd
>>300
当時の日本は裕福だったからw
戦後の日本がこのレベルに復帰したのは高度経済成長後

305 :日出づる処の名無し:03/10/14 15:13 ID:Xk19at2m
まあ、マジレスすると砂糖=甘味が庶民にまで広まったのは大正時代なんだがな。

306 :日出づる処の名無し:03/10/14 16:05 ID:Wir/dWJF
>>305
黒砂糖も含めれば、江戸時代から結構、普及してたんじゃ?

307 :日出づる処の名無し:03/10/14 16:12 ID:ryPMIsVd
>>305-306
ヘエー
その砂糖の原料はサトウキビ?
やっぱり当時移民が定着していた南米製とかかな。

308 :日出づる処の名無し:03/10/14 16:22 ID:CzYMZ3km
でも、「ぶす」って毒薬が貴重だけど甘味料として庶民も口にできたんじゃない?
水あめな。
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コメント
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むしろノモンハンでは日本陸軍の悪癖がモロに出てたから、そっちを批判すべきだな。
辻ーんが跳梁跋扈して前線指揮官の腹切らせたし、戦車戦は火炎瓶投げときゃ良しという風潮が生まれてしまったし。
2009/07/23 18:13  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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『負けてない』とは戦闘についての話。戦略の問題としてなら別だが、個々の戦闘では日本兵は勇戦し、ソ連軍に大きな損害を与えたのは事実。
これは元々、ノモンハン戦の様子として『戦車・航空機等の近代装備を持つソ連軍に、日本軍は一方的に惨敗した』と、日本側の損害ばかりを強調する物が多く、こうした過去の流れへのカウンターとして出てきた話。
戦略的な評価はともかく『個々の戦闘では日本兵は健闘した』としても間違いでは無いでしょう。
ただし、死傷者の数や損害を単純比較して、それだけを根拠に「ノモンハン戦は日本軍の勝利だった!」とするのは大きな間違い。
なぜなら戦略目標を達成したのはソ連であり、日本側が戦略目標とした満蒙国境線のハルハ河ラインの奪回を行えない状況に追い込まれソ連が戦略目標としたノモンハンを満蒙国境線とされた以上、ソ連が勝利したといえる。
2009/07/21 18:55  | URL | #8kSX63fM[ 編集] |  ▲ top

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ノモンハン事件

どこまで正確な検証が行われたのかは知らないけど、これまで公開されていなかった旧ソ連の軍事情報が発見されて、両軍の部隊規模や損耗率が根底から覆された、みたいなことは聞いたことがあるな。

なんでも、これまでは優秀なソ連の機甲部隊にさんざんに蹂躙された無能な関東軍、みたいなとらえ方が多かったけど、数十倍の敵勢力を相手に全滅寸前になりながらも果敢に相手を撃退して踏み込ませなかった優秀な日本軍、みたいな見方が出てきたらしい。
2009/07/21 13:45  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ノモンハンは本当は日本が勝ったと本で見たけど?
最近、本出たよね。
2009/07/21 11:40  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>>ノモンハンで変わらなかったんだからダメじゃないかなぁ。
>この頃はノモンハンが負け戦といっても誰も反論しなかったんだね。

ノモンハンは日本の負けが事実だから反論のしようが無いじゃないか。
2009/07/21 02:07  | URL | #8kSX63fM[ 編集] |  ▲ top

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第一次世界大戦時の日本人捕虜のドイツでの生活を描いた、『インド洋の常陸丸』中公文庫は、大変お勧め。
明治生まれの日本人の良さが良く書かれています。
例)フランス人捕虜と喧嘩になり、ボクシングと柔道で勝負し、相手の大男を投げ飛ばし、ヨーロッパ人捕虜から一目置かれるように成ったり。
例)勤労奉仕の中で知り合ったドイツ人女性と恋仲に成り、日曜毎に収容所を抜け出して逢引をしたり。
当時の白人世界の中で、毅然と日本人を主張している所に好感が持てます。
是非一度、見つけて読んで下さい。
2009/07/21 01:07  | URL | nataphone #Mom3fmKk[ 編集] |  ▲ top

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ドイツ人にジークハイルって言えば喜ぶだろ
試してみな
2009/07/20 21:30  | URL |   #-[ 編集] |  ▲ top

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>>256
>ノモンハンで変わらなかったんだからダメじゃないかなぁ。
この頃はノモンハンが負け戦といっても
誰も反論しなかったんだね。
2009/07/20 16:09  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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当時は有色人種なんて動物と同じ扱いでしかないのに友好なんて在り得ないよ
イギリスもドイツも上手く利用してやろうとしか思ってないし



2009/07/20 12:30  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>ドイツも変態紳士です。

偏見かもしれんが、どちらかというと
血と暴力が似合う変態親方(職人?)の
イメージだわ。
2009/07/20 09:23  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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WW1での日本の参戦は、上手くやりすぎた部分があるんだよ。血を流さずに美味しいトコ取りしたから『空前の悲劇』を経た欧州から恨まれた。

山東省欲しさに日英同盟を盾に強引に参戦してきておいて、その後は戦力の出し惜しみ。
英国が『金剛級貸して』と頼んでも『NO』、『陸軍出して』と頼んでも『NO』。そりゃ恨まれる。

まあ海軍はそれなりに活躍したんだけど、やっぱり陸軍が出てないので軽く見られた。日露で活躍した日本陸軍にみんな期待してた分だけがっかりになったんだよな。

英国が完全アゴ足つきの好条件で派兵要請してるんだから、陸軍はやっぱりアメリカ並に出すべきだったと思うよ。


2009/07/20 02:43  | URL | 上手くやりすぎると後でマズイということ #-[ 編集] |  ▲ top

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>>240
火事場泥棒なんてもんじゃない。英国は熱烈に日本の参戦を望んでた。
香港、インドシナ半島、インドネシア、オーストラリアと広大な範囲に散らばった連合側の領土をカバーするために、少しでも多くの海軍力が必要だった。英国としては海軍は、ブリテン島防衛にこそ使いたいだろうし。
チンタオを攻撃したのは、そこがドイツ海軍のアジアでの策源地だったから。なぜ日本が担当したかといえば、普通に一番早く、たくさんの兵を派遣できるから。ヨーロッパ本土でドイツとにらみ合いの最中に、アジアくんだりまで派兵なんぞ出来ないから。
2009/07/20 01:46  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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日英同盟継続は難しかったんじゃないかな。南アフリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドらが猛反対してたから。
アメリカも日英同盟を潰すのに必死だったしね。
それでも一次大戦時、国際社会(=欧州)に出兵していたら、後世に変化はあっただろうな。
2009/07/20 01:37  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>>249>>250
交流を良しとしていたのは、徳島の板東収容所だけだったような。
最近だと、『バルトの楽園』だね。

当時にパン作りを習ったパン屋が、今も営業しているそうな。
2009/07/20 01:01  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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日英同盟といえば、日独英の三カ国同盟になってたかもしれない、という話があったような。
英国紳士とドイツ人将校に挟まれた大和撫子って絵になるよね。
2009/07/20 00:23  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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WW1当時は、英政府そのものが思いっきり迷走してましたからねえ
2009/07/20 00:00  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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WWⅠ勃発時のイギリスは日本の参戦に対しては支離滅裂だったよね。
日本が中立宣言した直後に参戦要求してみたり、やっぱ要らんって言ってみたり、地域限定で戦ってとか言ってみたり。
主戦場に来なかったって言っても艦隊護衛とかやってるし、駆逐艦の松と榊の話とか聞くと本当にそんなイメージ悪くなったのか疑問。
日英同盟の破棄も仏と米の横槍のせいって感じがするし。
2009/07/19 23:37  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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戦後は日本以上の自虐史観らしいしね。ドイツ。
そのため、日本はドイツを戦争に巻き込んだ悪方と見ている若者も多いそうだ。
日本でヒトラーは最低の独裁者だと教えられてるみたいなもんかね。
ドイツの周辺の国はまだまともだから、自虐史観でも大きな国際問題は起こらないんだろうか・・・
2009/07/19 23:18  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ハウスホーファーは変人だからなあ
2009/07/19 21:55  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ドイツも変態紳士です。
イギリスの斜め上っぷりと比べて幾分か正統派の
2009/07/19 21:24  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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 甘いものは、サトウキビから作られる砂糖だけではなく、麦芽糖を使ったものも多かった。
 麦芽糖の水飴は江戸時代からあった。飴売り。という装束で街中を、口上を述べながら売り歩いていたそうだ
 芽を出した麦を使って水飴を作る方法は、以前ダッシュ村でも再現していたよね。
2009/07/19 20:23  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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そういえば、古来(~江戸時代くらい)の、日本人の「甘さ」基準ってのは、
干し柿という話を聞いた。
甘ったるくなく、ほどほどの甘味。
2009/07/19 19:15  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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日本人のドイツ好きは気質が似てる(気がする)からか
2009/07/19 19:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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二ゲット!
2009/07/19 17:39  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ひとけた?
2009/07/19 17:09  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top


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