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文章の書きかた(part47スレ)
- 2011/05/19(Thu) -
505 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 01:39:17 ID:pW2xWxjm
俺が義務教育年齢のころ作文の授業とかで教師が
「頭で考えていることをそのまま文章にしなさい」と教えていたことを今になって苦笑しながら思い出す

大学の卒論で「あのなあ人の脳みそはそれぞれ違うんだから
 考えたことをそのまま書いたって理解してもらえるわけは無いだろう」と諭される羽目になり。

社会に出てその話を上司にしたら苦笑いしながら
「人にわかる文章を書くのは極めて高度な技術だよ、
 考えたことをそのまま書いて文章になるわけ無いのにな」
とのこと。
戦後の「言文一致運動」と言うのは日本文化に対して多大な被害を与えていると思う。

509 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 01:56:26 ID:BlKf2XYD
>>505
そりゃあ単にあんたが馬鹿なだけだと思うよw
先生の言いたかったのは、技巧的にならずに思った事を書きなさい、という
程度のもんでしょうに。

510 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 01:58:26 ID:Y0C5i5D+
>>505
文句言う前に「作文」と「論文」と「企画書」は、書き方も目的も全然違うと言うことを知った方がいい。

512 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 02:09:57 ID:pW2xWxjm
>>509
そうなんだけどね
人間という思考が連続的でない存在にとっては
一定のテクニックにそっての文章の構成の技術と言うのは
きちんと教える必要があるのだよ

そして、まともにわかる文章を訓練なしに書ける人間と言うのは実際には少ないものだよ、
貴方が思っているよりもね
そして、もしかしたら貴方の文章もね

技巧的にならずに等と言うのは、技巧を知っている人間に対して言うものですよ
技巧と言うのはお互い理解しあうための基本的な約束事です、
それを使わずに分かり合える文章をきちんと書くためには
相応の訓練が必要なのです
それ抜きで「技巧的にならずに」というのは戯言でしかありませんよ

514 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 02:18:57 ID:BlKf2XYD
>>512
正直な話、文章の書き方云々の前に、
君の場合は人の話の聞き方、読み取り方を学んだほうが良かったと思うよ、
義務教育で。

別に行間を読めとは言わないが、
相手の話している事の意味をキチンと理解する事が重要なんだと思うが。
つっても、いい年して2chに書き込む段階でも素であんな事言ってるようじゃダメなんだろうと思うが。

515 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 02:24:21 ID:BlKf2XYD
大学の先生にしてみれば、
どうしようもないアホが来たもんだとしか思わなかったと思うよ、失礼ながら。

教わらなきゃどーたらこーたらって言うけど、
国語の授業ではちゃんと文章の筋道だっ書き方は教えるよ。
当然ながら作文の書き方もね。

読書感想文とかもやたらと書かせるのって何の為だと思う?
ちゃんと文章を書けるようにする為の練習なんだよ、あれは。
教育実習行った奴は当然知ってると思うけどマニュアルに書いてある。

つーかさ、国語の授業って何のためにあると思っているんだ?
何年間眠っていたんだお前は?

519 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 02:32:01 ID:DjDG3l7b
>>515
日本の国語教育では論理的に書くことを教えていません。
いや、書くということすら教えていません。

527 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 03:05:09 ID:pW2xWxjm
>>515
素晴らしい学校で学び素晴らしい国語教育を受けたとのこと何よりです

ですが少なくとも私が学んだ義務教育においては
そのような素晴らしい国語教育は行われておりませんでしたし
高校教育での国語教育は受験勉強です

個人的な読書好きから読書は大量に行いましたが
自らの言葉で論理展開を行い、言葉で論理を表現する必要に迫られたのは大学が最初の機会でした

ついでに言えば受験用の国語の成績については常に上位者でした

おそらく教授が頭を抱えたのは間違いないでしょう
仮にも理系の教授が国語の添削を行わなければならなかったのは不本意のきわみでしょう
ですが現実の国語教育はそういったものです

> つーかさ、国語の授業って何のためにあると思っているんだ?
> 何年間眠っていたんだお前は?

まったくです。要するにそういったことを学ばずとも
上位者でいられるような授業が行われているのですよ。
教育実習をされたとのことですが貴方が教育者であるなら
そのような授業をなされないことを期待しています
今後の若者の未来のために

528 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 03:37:38 ID:BlKf2XYD
>>527
いや、お前がそう思っているだけで普通の人は普通に文章書けるから。
そもそも、作文と論文の違いも理解できない頭というとこに最大の
問題があると思うよ、うん。

論文って証明文なんだけど?それと作文を一緒に思っている時点でそりゃあ先生も嘆くだろうね。
日本の教育が悪いんじゃなくて、それは単にあなたの頭が悪すぎるだけの事です。

529 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 03:43:03 ID:BlKf2XYD
経験上、俺はこう思う。
何事も自分の事は棚に上げて他人のせいにする奴は使い物にならんと。
特に、国家やら社会やらのせいにする奴は最低レベルだと。

何故ならこういう奴らは仕事でミスって怒られても、心の中で「俺は悪くない」
と思って反省するという事をしないから。
幼い時から、全て他人が何でも教えてくれて、やってくれて当たり前で
自分には何も責任というものが無いと思い込んでいるから、
必然的にこういう思考方法になる。

学校は「教わりに」行くとこじゃありません。「学びに」行くとこです。
これが理解できないから会社に入っても使えない奴になる。

530 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 03:50:24 ID:DjDG3l7b
>>527
>個人的な読書好きから読書は大量に行いましたが
>自らの言葉で論理展開を行い、言葉で論理を表現する必要に迫られたのは大学が最初の機会でした
>ついでに言えば受験用の国語の成績については常に上位者でした

全く同じ。
ドッペルゲンガー?

>要するにそういったことを学ばずとも上位者でいられるような授業が行われているのですよ。

激しく同意。

>519
>>528
本当に教わりませんでしたよ。
私は理系でしたが国語は常に満点近く取っていました。
しかし、論理的に文章を書くことを習った覚えはありません。

531 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 03:53:52 ID:iMffl0/3
そうバカだ、最低だ言われたら>pW2xWxjm
も引き下がれないだろw
実際頭の悪い人間にはみえないし、考え方がおかしいというべきだ。

それに、、日本の教育は決して褒められたもんじゃない。
レベルが低いのはもともと周知のことだろ。
(本人とかいわんでね)

532 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 03:54:42 ID:DjDG3l7b
>>529
詭弁

学校は教えるところです。盗みに行くところではありません。

論理的な文書の書き方なんて一度もひと言たりとも習った覚えはありません。
習ったのはお遊戯ならぬお作文だけです。
とりとめのないことをどう書こうがなんの指導もなし。
どの様に書くかの指針も全くなし。
書けばなんでも通る。

そんな国語教育をしているんですよ。
あなたが教育界に足を突っ込んだ人間ならば
その教育実態を恥じなさい!
何を開き直っているんですか。

534 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:06:33 ID:3sPoPA7e
いささか不本意ながら、>>527 に同意する。
義務教育での作文は「思ったとおりに書きなさい」と言われるばかりで、技術的な指導はない。
本の虫であった私は、大量のテンプレートを脳裏に蔵したおかげで作文は得意であったが、
友人は皆頭を抱えていた。
書くためには読む訓練をして、お手本を覚え、自分なりの型を持つ必要がある。
丸暗記でも丸写しでもいいから、とにかく文章を身につけるのが先決なのに
戦後民主主義かぶれの教師たちは>>529のように思い込み、「教える」ということをしていない。
かくいう私も作文は得意であったのに、論文を書くことになって大いに悩んだものだ。
論文を書く訓練は受けていなかったから、今になってみれば当然だが…

535 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:07:55 ID:Nu9W3wTz
俺も学校で文章の書き方を系統立てて習った事は無い。
模試で現代文は全国でも上位の成績だったが、ある程度以上の
長さの論説文がまともに書けず、小論文は苦手だった。
国語系の大学に入って、自分の文章力の拙さを自覚してショックを受けた。

>学校は教えるところです。盗みに行くところではありません。

同意。
大学や予備校ならともかく、中学や高校で盗めは無いだろ。

536 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:11:14 ID:Nu9W3wTz
>>534
>本の虫であった私は、大量のテンプレートを脳裏に蔵したおかげで作文は得意であったが、
>かくいう私も作文は得意であったのに、論文を書くことになって大いに悩んだものだ。

全く同じ状況。
俺も作文は好きだし得意だったんだけどね・・・

537 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:14:38 ID:FtlZVr0b
夏だねえ~♪これが廚というものか。
教えて君が増えるわけだよ。
まあ、確かに先生が悪い、学校が悪いと責任転嫁してりゃあ楽だもんなw

538 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:16:27 ID:DjDG3l7b
>>534-536
同士よ、激しく同意する。

論理的に系統立って書くことについては
明らかに日本の国語教育環境が悪いよね。

思うに、戦後教育界が「自由」のはき違えをし続けたせいではなかろうか?

539 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:18:44 ID:0KoQQrJj
>>537
日本人も腑抜けになったもんだと思う。
俺は普通に学校教育を受けて来たけど大学の卒論なんて別に困らなかったし。

あんなの書き方がちょっと違うだけの話で別に苦労も何もありゃしないだろうに。
馬鹿な奴ほど五月蝿いもんだね。

540 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:19:17 ID:DjDG3l7b
>>537
責任転嫁してるのはおまえの方。

国語教育の構造的な問題が焦点であるにも関わらず
事実を指摘されると個人の資質や努力に責任転嫁。

まあ、教育学部なんて馬鹿の行くところだから、
教育の構造的問題に気付かないのもやむを得ない面もある。

それも構造的な問題だな…

541 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:21:08 ID:DjDG3l7b
>>539
おまえ個人の資質と教育の構造問題は別。

まず、そのちっぽけなプライドを捨てて
物事を平明に構造的に見る癖を付けろ。

542 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:21:49 ID:BlKf2XYD
まあ、こういう奴がイラク辺りに行って人様に迷惑をかける
ような3○○みたいな人達になるんでしょうね。

普通の人間なら学校のせいにする前に自分の努力不足を恥じるもんですよ。
私ゃ学校教育だけで文章の書き方なんぞ不自由してませんけどね。

543 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:23:46 ID:0KoQQrJj
まあ、オツムの弱い奴ほど天下国家を語りたがるもんです。
敵はでかいほどいいからねw

大学まで行って、まともに文章すら書けないレベルたあ、親も泣きたくなるだろうよ。

544 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:25:18 ID:Ae0yJIm2
何でもかんでも学校のせいにしている奴の方がみっともないという気がするけどな。
プライドが無くて。

545 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:26:06 ID:DjDG3l7b
>>542
おまえ個人の資質と教育の構造問題は別。
まず、そのちっぽけなプライドを捨てて
物事を平明に構造的に見る癖を付けろ。

546 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:26:57 ID:BlKf2XYD
>>544
そんなもんないでしょ、何しろ「教えてくれなかった奴が悪い」ですから。
大の男ならとても恥ずかしくてこんな事言えん。

547 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:27:52 ID:DjDG3l7b
>>544
いやおまえらより遙かに努力したし幸い資質にも恵まれている複数名が
日本の国語教育はおかしいと言ってるんだが

548 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:29:03 ID:4AbDINRs
中学校は義務教育だよな。高校は受験勉強のためにあるよな。

549 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:29:51 ID:Ae0yJIm2
>>546
まあ、教育システムが悪いの何のとか言っても、どこの国だって
完全無欠のシステムなんぞありゃしないだろうにと思うんだけどね。
こういう人達って無いものねだりをしているだけだと思うのよ。

そういうのがプライドが無いと感じるんだけどね。

550 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:31:43 ID:iMffl0/3
でも現実に論理的に書くための作文技術を教えるって
どう教えたらええのよ?
自分で大量に本を読んで表現を頭にストックしておくしかないでしょ。

551 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:31:56 ID:4AbDINRs
このスレの人ってゆとり教育賛成派がおおそうだよな

552 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:34:16 ID:nk7rZL80
しかし日本国も大変だな・・・・・・
揺り篭からお墓まで、ギャーギャー言うだけの迷惑な人達
の世話を焼かなければならないのだから・・・・

乳離れして無い奴ほど親とかに向かって口汚く罵るけど
それと一緒の構図なのかね。
国家は怒らないから、何でも悪口言い放題だし。

553 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:44:01 ID:BlKf2XYD
そもそも、論理的な文章の書き方を教わらなかったなどと
言う奴は、それを言う事がどんなに恥ずかしいのか理解していないよね。

そもそも論理的な文章って何よw
で、それが義務教育で教わっていないって論理的に説明できるのかね?

せっかく大学で初めて習った「論理的な文章の書き方」で証明して欲しいもんだわ。
是非、「論理的な文章とは何なのか」をね。
でも無理だよねw

554 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:54:33 ID:nk7rZL80
>>553
俺は文系だったけど、「江戸中期におけるフランス文化の影響について」
で卒論を書いたよ。

別にあんなもん難しくも何とも無かったけどな。
担当教授のスタイルで細かいテクニックは色々とあるけど、
論文というものはどう書く?と言うなら非常に単純なことだから。
1.~について私はこう思うので、それを証明したいと思います。
2.何故そう考えるのかと言えば、~は~で~という根拠があるからです。
3.だから私は~だと考えます。
たったこれだけ。
要は自分がこう考えるという事柄に対して、
根拠を述べ、それを証明していくプロセスに過ぎない。
こんなの教わらなきゃ出来ないことか?
馬鹿でも出来ると思うが。

555 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:55:09 ID:DjDG3l7b
>>550
いや、欧米圏では系統だった論述法について、
初等教育から叩き込まれる。

対して日本。
「自由」教育を履き違えた教育界が
放任「自由」作文でなんでも○

日本の国語教育における論理的記述法の皆無現象は
教育関係者が英語を使えないから陥っている陥穽だ。

556 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 04:59:01 ID:nk7rZL80
大学でやるのは、この原則に従って書かれた論文に対して
証拠となる根拠や、そこからの論理の飛躍に反論して
突っ込みを入れる事。

それを繰り返すことによって穴の無い論文が練られていく。
それを論理の破綻の無い文章と言うわけだよね。

で、こんな単純な事が教わらないと出来ない?
自分の頭の中を覗いて見たほうがいいんじゃないかとお勧めする。

557 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 05:01:25 ID:BlKf2XYD
>>556
まあ、世の中には、その程度の事も教わらないと出来ない
という方々がいらっしゃるんですよw
教育システムが悪い~♪

558 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 05:03:39 ID:pmXDpJOD
小中学校の頃は本のあらすじだけ書いたような読書感想文ですらOKだったよ。

559 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 05:05:46 ID:ZdpQ5Squ
何か良く分かりませんが本のあらすじを書いただけの読書感想文を提出してたんですね

560 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 05:36:02 ID:jijtLwmt
おい 何かいつの間にか論理学も知らないお子様が、
論理的な文章など自然にできるなどと電波な事を仰っておられるではないかw

論理的な文章が自然に日常言語の熟達から出でてくるならこれほど便利なことはないが、
それは考えられない。
なぜならば、西洋において幾何学言論におけるような前件肯定や帰納法、三段論法といった手法が
何百年もかからず人類誕生と共に出てきた筈であるからだ。
ところが何世紀にも渡り、演繹とは何か、分析的な文章とは何かと
西洋の哲学者たちがえんえんと考えて整備されてきたのである。
ゆえに論理的な文章が人間個人の資質の問題として帰結されることは誤りである。

論理とは構造、
論理的な文章とは構造的な文章、結論が飛躍せずに根拠から推論または推理されたものだ。

561 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 06:03:09 ID:HXNKb8v2
俺は大学で恥をかいた

日本の義務教育は糞だ

お前の個人的な経験で全て総括するなよ

いやいや教育が腐っているのは本当だ

日本の教育は論理的じゃない

「論理」って資質じゃなくて構造だよ  ←←←←←←←←今ここ

はぁ?定義以前に本質がないって量子論かよ乙

そもそも西欧的な思想がスタンダードって誰が決めたの?

そうだそうだディベートとかディスカッションとかって民族的に無理なんだよ

馬鹿発見。これから超必要になるだろ。ひきこもりは氏ね

スレ違いだぞおまいら

562 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 06:31:20 ID:njo7QxJf
大学の推薦入試の為の小論文が唯一まともな授業だったかと。
これは選択授業だったから全員は受けなかったけどね。
塾にも望めばそういうの受けられた気がする。
ただ特殊な人しかとらないという意味では結構問題かも。
毎週毎週いろいろ書かされては直された。

563 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 06:34:37 ID:pmXDpJOD
論文などの文章を書く力は、
他人にチェックしてもらって悪いところを指摘されないとなかなか上達しない。

564 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 07:01:12 ID:qsgaR1qM
>>554
中学の数学でやってるはずなんだよね、そういうの。
「直線AとBが平行であることを証明せよ」とかね。
論文とは規模は違うけど基本は同じ。

565 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 07:06:04 ID:Gw3blRCs
数学は答えは解かるのに、その公式を順序だてて書くのに悩んだ覚えが有るな。

567 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 07:43:40 ID:Vntn9tv2
さっきから論述法についてあれやこれやと意見が飛んでいるが、
日本語と英語等西欧語の間にある、言語構造の違いも多いに関係しているのではないか?

日本語の膠着語としての性格と、主語を省略しても文意が通じるあいまいさが許されたりすることや、
男性名詞や女性名詞などの区別がないなどの特徴が大きい故のことだと思う。

即ち西欧語全般について、それらを記述しようとするならば
曖昧な表現がそもそも許される言語でないので論理的な文章になるということであり、
日本語の曖昧な表現が許されることが、論理的な文章を書く訓練を阻害しているんじゃないかと。

どっちが優れている、という問題ではなくて
言語的構造により培われた極めて文化的な相違点だと考えるのだが。

568 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 08:11:21 ID:XVNwicJQ
まあまあ皆さん落ち着いて。

571 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 09:24:52 ID:e+ofXSNq
>>519
> 日本の国語教育では論理的に書くことを教えていません。
> いや、書くということすら教えていません。

ブンガク屋がのさばり過ぎっていう話だな。

572 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 09:36:43 ID:e+ofXSNq
>>555
> 対して日本。
> 「自由」教育を履き違えた教育界が
> 放任「自由」作文でなんでも○

なんでもオーケーじゃなくて、「自由」じゃないとダメだというドグマに則ってるんだって。

「具体的にどのように書くのですか?」
「具体的にどうこうではなくて、みなさんの心の内から溢れでる感動の
通りに書けば自然と優れた文章が書けるはずです」
の世界。

573 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 09:58:51 ID:Y0C5i5D+
話を元に戻すが、「作文」と「論文」は違うっての………。

作文で論文の書き方を学ばなかったって、それは当たり前なわけで、
文章による訴え方と、論理的(科学的)文章の書き方と、
感情表現の多様化と、感情の言語化の、それぞれの発露は、
全く違う種類の教育なんだから。

それに学校教育で教わらなかったって言っても、世の中には一杯教材があふれてる。
単にぼーっと受け身じゃだめだよ。どんどん自分から積極的に行動して取り込んでいかないと。
日本国憲法にも「教育の原点は家庭にあり」と書いてある。

日本の教育界を憂う前に、
教育界が万能またはそれに類するだけの能力を持ち合わせていると言う錯覚が
蔓延っている方が悪質。
例えば日本青年商工会議所の8割の経営者は、
経営者であった親から知識や技術を受け継いで経営者になっている。
要は「二代目」もしくは「●代目」と言うことだが、
単に土地や資産を受け継いだだけじゃそれを守ることなんて出来ない。
だから学校教育とは別に「家庭の教育」によって、経営知識や処世術を学ぶ。

大学で経営学や金融工学学んだからと言って、いきなり社長や支店長になれないように、
知識と、実際に行う場合の実戦術には差があると考えるべき。
じゃあ、何の為の知識かと言うと、現実との折り合いや工夫の材料、多様な観点の提供が知識。

単に知識を貰って「わーい」って喜んでいるだけじゃダメだし、
自分から行動したり意見も述べない自発性の無い人間にはそれを活用出来ない。

学校教育に教育の全ての責任を負わせようとする「家庭教育の放棄」の方に、
私はむしろ危機感覚えるけどね。
学校教育の重要性は否定しないが、
それとは別に家庭でも学び、父母は子に知識と経験を与える役目があり、
子は知識と経験を得る為に自発的かつ積極的な行動が求められる。
そりゃ学校教育から与えられた事だけやっていれば楽だとは思うが、それは逃避行為だよ。

高校や大学行った人は、例えば先生、講師、教授や学長から
「自分から行動しろ」って言われなかった?
「今まで生きてきて自分から行動しろなんて言われなかった」と言うのは学校教育の責任じゃなくて、
家庭が教育放棄してるんだけど。
教育の原点は自発性にあるんだよ。
受動の中にだけ居たら楽だろうけど、それで持って完遂はしない。

574 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 10:08:43 ID:QOvGuPmx
しかしアカピーと同じで結論ありきなんだね。
この手の手合いは何を言われても全て堂々巡りだから
意味無いな。
全て誰かが悪いという事にならないと気がすまない。

575 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 10:21:27 ID:ij2YlgVZ
ごめん、つまんないからもうやめてくんない?

576 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 10:50:17 ID:3uwu6Iru
作文にせよ論文にせよ、
「脳内」のものを他人に見せられるようにメディア(媒体の方ね)化するという点では同じ。
その点では、「頭に浮かんだ事を自由に書きなさい」というのは正しい。
自分の頭の中のものを「文字として」他人に伝えるトレーニングと考えればね。
ただ、物事を学んでいくと、
考えを文字にする際にある程度内容を整理する。論理のフィルターを通すというか。
これを突き詰めていったのが「論文」なわけで。

いくら文章書きまくっていても、いくら文章技法をマスターしても、
そのバックグラウンドにある思考法が不十分だと、
少なくともその分野の人を納得させられるような論理的な文章は書く事ができない訳で。
で、思考法ってのは授業で
「はい、これが論理的思考ですよ」って教えてもらえるものではないし。
物理なり、歴史なり、色々勉強した事の中で、
「あぁ、これが『因果関係』ってやつなんだ」みたいな感じの発見が重要。
そういった事を繰り返していく中で、
「これこれこういった事を示せば、
 私の頭の中で考えた事がなぜこんな結論になったかが読者に伝わるだろう」
ということが分かってくるんだと思うけどなぁ。
言い方を変えれば、論文は
「頭の中で考えた事を、読み手に『なぜそう考えたか』を理解させるように書きなさい」
という事かと。考えの途中経過をすっ飛ばして問題提起と結論だけ書いても、
それは電波にしかならない訳で。

「論文の書き方を習わなかった」というのは、
「文章の書き方・技術」か「論理的な思考法やそのための知識・教養」か、
どちらかが不十分なまま来てしまったんじゃないかなという気がする。

まぁ夏休みだし、そろそろ受験に向けて色々不安な学生さんも多いと思う。
頑張って下さいねとしか言えないけど……
でもまさに>>1の「主張下手」に対峙する方法が
「自分の考えを明確に相手に伝える」事だからなぁ。
どんな文章もその目的は「自分の考えを相手に伝える事」だという点では、
随筆も論文も恋文も公文書も一緒だよと。
がんがれ受験生!

577 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 10:59:59 ID:QOvGuPmx
どうでもいいが、西洋とやらで盛んな「論理的な文章の書き方」が出来ると
何か良いことあるのか?
没落しまくっている気がするが。

578 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:10:45 ID:4AbDINRs
西洋のことを言えるほど日本がずば抜けてるわけじゃないだろ。

579 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:27:23 ID:J94Ion/T
まあ、学会とかで配られる論文読んでも、読みづらい文章書くやついるよなあ。

580 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:48:21 ID:e+ofXSNq
>>579
> まあ、学会とかで配られる論文読んでも、読みづらい文章書くやついるよなあ。

ドイツ人の書いた英文は最悪。

581 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:51:38 ID:IFE7VfmY
>>577
つうか論理的な文章がこの世から消えたら世界が崩壊するような気がするんだがw
不条理の世界だっけか。太陽がまぶしいので人を殺しました・・・

582 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:51:51 ID:DjDG3l7b
教育学部の馬鹿の書いたレスはスルーで。

583 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:51:55 ID:bSTLVCsD
スレ違いだけど、総じて日本人は最初に結論ありきな形を嫌うのかもね。
「コレコレこういう理由があるので、結果的に無理です。」の記述は許されても
「無理です。何故ならコレコレこういう理由があるので」は許されない。

最初に「無理です」があると、そこから後ろに書かれた文字は言い訳にしか見えないが、
最初に理由が書かれていると、
後ろの「無理」は分析した結果と見なす俺の上司達が悪いのか・・・

最初に結論ありき英語圏の人には理解できないだろうなぁ

584 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:53:59 ID:HK81lilI
>>583
>>561

585 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:56:10 ID:e3qVZucv
推理小説を後ろから読むのと一緒
ネタばれされたら後はどうでもよくなる

586 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:56:41 ID:Z4hYYRa0
>>561の一番下の段を強調したいんだが。

587 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 12:58:11 ID:rzBDLyfs
>>583
お前大学行ったことあるか?
最後に結論出す論文持ってったら「バカかお前」と言ってつき返されるぞ。

590 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 13:26:53 ID:EPfb92fs
>>585
>>587
推理小説や論文等と
ビジネス関係の記述を一緒にするのもどうかと思うけどな

無理です。もしくは難しい→理由を一つずついう
聞くほうは、次になぜ無理なのかの理由がくるのがわかるから
分析しつつ、自分なら可能かどうか、自分のアドバイスで可能にできないかを
を考えながら聞いたりできる
結論があいまいなまま進められると、結果を聞くまで焦点がどこにあるのかわかりにくい

と利点がないわけでもないから
楽しんだり、決まった結果をしることじゃなく
改善できるか、出来ない理由に納得できるかが重要だからね

まぁオレは大学いったことないから間違ってたらスマンw

611 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 21:46:07 ID:UfZDjZlP
>>583
信長の殿は「結論を最初に書け!」と云っておられたぞ。
まぁ、殿はムチャクチャ短気なお方ではあるがー。

613 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 21:55:53 ID:Tojie0L3
>>611
メーカーに勤めてるけど結論が先って常識だよ。

614 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 21:57:10 ID:upTsleQ+
おそらく信長は途中の論理過程を省いたのではなく、
それが常人に比較してむちゃくちゃ速かったのだろう。
一瞬で結論に辿り着くから周囲の人間の話がまどろっこしくて堪らなかったのではないか。

621 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 23:45:23 ID:oZiuJg9S
>>614
結論が分かってれば過程の考証もしやすい。
過程の解説で何が要因だったかの説明もしやすいし。
論文だとそういう書き方しない人もいるのかもしれないけど、
裁判の判決文は必ず主文から読み上げるよな。

日本語が他所の言語より論理的でないと揶揄されるのもまんざらそこから外れてるわけではなく
述語とその否定が文の一番最後にくるってのが大きい。

「私は いつ どこで 誰と どのように ○○しない」
なんて書き方は
「私は ○○しない どのように どこで いつ 誰と」
てな語順の人達からしたら、そりゃあまどろっこしくてイライラする(のかもしれない)だろうさ。

622 :日出づる処の名無し:2005/07/26(火) 23:53:04 ID:oZiuJg9S
それでも結果が先に来ていないと過程も分かりづらくなる事が
感覚的にまだ納得できてない人は次の例を読んでみそ。

1. 胡麻は全部切りごまにします。
にんにくはおろしておきます。
ねぎはみじん切りにします。
2. 牛肉は大きいまま合わせ調味料につけて10分位おき、油(分量外)で両面を焼き細切りにします。
3. もやしは茹でて合せ調味料を加えます。
4. ぜんまいは10分位茹で4cmの長さに切りそろえて、
 鍋にごま油を熱してにんにく、ねぎと共に炒め、出し汁、砂糖、しょうゆを入れて
 汁気がなくなるまで煮て切りごまを入れておきます。
5. ほうれん草は茹で2~4cm長さに切りしょうゆと出し汁を合わせて和え、切りごまを加えます。
6. きゅうりは薄く輪切りにして塩をふり5分位おき、
 水分を絞りごま油でねぎと共に炒めてから、切りごまを加えます。
7. 大根、人参はせん切りにして塩をふり10分位おき、水分を絞ります。
 唐辛子は種をとり輪切りにして甘酢に入れ大根、人参を入れ、和えます。
8. 卵は塩を加えて薄焼きにして、せん切りにします。
9. 器にご飯を盛り2~8を彩よく飾ります。

以上、ビビンバの作り方。

な、結果は先に書くべきだべ?

623 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 00:34:15 ID:qrMjyRHL
>>622
あ、なんかわかった。
ドラえもんの絵描き歌を、最初にこれは「ドラえもんを描く歌です」って知らないと
何描いてるのかわからなくなるよね。そんな感じ。

624 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 01:02:50 ID:8ESGcMQl
いきなり犯人をばらす推理小説

625 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 01:22:56 ID:gx49mSqE
いやソレは有るだろ、アリバイ崩しとかトリックを見破るのが主目的なやつなら。

626 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 01:29:38 ID:l+hOlTIH
論文についてだが、本当ならば優れた論文とは数学の証明と全く違いがない。
世の中の学生が起承転結などという意味不明な構成を教えられたり、
論文を難解な随筆モドキと勘違いしている事が多いのは嘆かわしいことだ。

証明の手順としては、諸君が挙げるような
Aである なぜならば~ という結論が最初に来るパターンでも
~である ゆえにA   という結論が最後のパターンでも構わない

しかし既出の通り、最後に結論を持ってくる場合には
何を証明しようとしているのか分からなくなって不便なため、
証明が長くなる場合はまず最初に結論を提示する方がよいとされている。

ちなみにユークリッドの幾何学原論では、結論で証明を挟むという丁寧な形で
長い証明でも短い証明でも対応できるようになっている。
Aである なぜならば~だからである ゆえにAである 

628 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 02:12:26 ID:G5bA4roi
>>626
>Aである なぜならば~だからである ゆえにAである 

自然科学や工学の論文はだいたいそんな形だよ。
だからふつうは、最初にイントロダクションと結論だけ読む。
そこに結果が書いてあるから。
興味が湧けば間をくわしく読む。

629 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 02:29:51 ID:HgxupbMd
起承転結は小説の基本なんだが・・・・・

630 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 02:43:04 ID:DRFnFcJ9
起承転結、理路整然、一行一意は習ったような。

631 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 02:43:41 ID:T4HrwoCV
小説はそうだな。
しかし空気嫁。

632 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 02:45:18 ID:PkiYvMuC
コロンボとか古畑とか蛍の墓とかは見るに耐えないって事なんだろうかw

633 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 02:48:20 ID:GMu5qe4u
空気読めない奴は見るに耐えない

642 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 09:29:27 ID:f55VioXh
ぶっちゃけ、どっちの書き方も出来るんだから。
いいか悪いかじゃなしに、
時と場合に合わせときゃいいんじゃね?

643 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 09:34:23 ID:QhlVLJ4+
>>642
まあ本質はそうなんだけどね。
ただそういう場合、やはりそれなりに学習は必要。
学校の授業じゃ教えてくれない。パラグラフリーディング
みたいに理論的な展開文章の書き方を教えるべきなんだが、
どういう訳か「自己責任論者」が多いな。教育はまず義務から
始まるんだから、教わってから文句が出るのは結構だが、
教わってもいないのに自己責任論を振りかざすのはどうかと思う。

645 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 09:50:35 ID:8upTwBYm
しかし、なんで漢詩の絶句の構成である起承転結が、
小説や論文の構成の定型として語られるようになったんだろうか?
そういう構成でうまく行くケースもあるだろうが、適さない事も多いだろうに。

646 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 10:09:39 ID:8keHHd4j
>>643
自己責任論や各個能力論を振りかざしているのは、
教育界の馬鹿工作員。

教育界の構造的な問題だと指摘されると、
論点をずらして暴れまくる。
低偏差値の教育学部出身は死ねよ。

650 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 10:43:14 ID:56FAZEKo
日本の古典芸能は起承転結ではなく序破急で構成されている。
ハリウッド映画の脚本も、序破急の三部構成が基本。

652 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 10:46:19 ID:1vO54lgj
糸屋の娘、姉は十八、妹二十歳
諸国大名は弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す

起承転結で思い出したけど、正確に出てこない

653 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 11:00:12 ID:HcXweS8j
江戸時代の詩人、頼山陽の俗謡ですね。
京の五条の糸屋の娘 姉は十六妹十四 
諸国大名は弓矢で殺す 糸屋の娘は目で殺す

変種がいっぱいあるんで、これが正しいってのはないみたいだけど。

656 :日出づる処の名無し:2005/07/27(水) 11:22:36 ID:1vO54lgj
>>653
サンキュ、京の五条がでてこなかった
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コメント
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十人十色の子供全員に、全く差を付けず教育をきめ細やかに叩き込める教育方法と人材なんぞあるわけねぇじゃねえか。
大学生になってんだから、論文の書き方が解らなかったら当って砕ける覚悟で教授に評価して貰うとか図書館で過去の論文を調べるとかしろや。その歳で『前以て教えといてよ~!わかんないのは先生のせいだ教育のせいだ教育委員会のせいだ日本て国のせいなんだ~!』はねえよ。
って言いたい。

なんか、その責任転嫁の癇癪な書き方が似てたせいで、テレビかなんかで見た『ままのせいだ~!う゛ぉおおおお~ん!!』って泣きわめくような中年マザコンキャラ連想してもーた、鬱……orz
2012/05/10 13:34  | URL | 名無しさん@お腹いっぱい #-[ 編集] |  ▲ top

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夏休みの読書感想文はともかく
学校で遠足とかの感想文書くのはマジで苦手だった…
自由に書いてください。でも原稿用紙2枚は書くようにとかいわれるとさ、
なんかもう文を書くっていうより字で埋めなちゃって意識が先に来て物凄く焦って…字消しすぎて用紙破っちゃったりしてた…
2011/05/24 18:35  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>2011/05/22 08:03

私は義務教育の段階から教えても良いんじゃないかと思う。

小学校くらいまでには基礎的な文章をしっかりと書けるようにしてもらい、中学校卒業までには主題は与えられるにしても、ちゃんと「論文」という形式で書けるまで指導する。
高校ではいろんな論文の書き方を一通り訓練する形で、大学では自分の専門のテーマを書く、ということで。
大学は論文の中身を研究する場と考えると、そこで書き方を改めて学ぶより前もって教わっていたほうが良いと思う。

あと、自分の経験から言わせてもらえば、高校で小論文について、しっかりと教わったことはなかったと思う。
まったくなかったとは言えなが、受験対策としてはともかく、もっと充実させても良いと思う。
理数系のように答えがはっきりしているものでもないので自習するにも限界はあるし、論理の破綻や矛盾点は人から指摘されて始めて気づけるところもある。

また私だけかもしれないが、問題意識を持って「論文を読む」というのも大学に入るまでしてなかったと思う。
教科書や出版されている書物に矛盾があるとか思っても居なかったし、なんか変だな、と思っても深くは考えず流してしまったり、自分の中で無理やり筋道を立てて納得しようとしてみたり、そこから持論を展開するなんて
考えても居なかった。
大学に入って、ゼミで偉い先生方の論文でもそういった辻褄が合わないことが意外と多くあることを知って、そこから初めて論文を読むということが出来てきたのではないかと思う。
若いうちから問題意識をもって、「考える」訓練をするのは無駄ではないと思う。

教科書に矛盾した文章を載せるのは問題があるかもしれないが、生徒同士で書いたものをお互いに指摘しあうことはできる。
そうやって文で論ずることを覚えれば、冷静に物事を考える訓練にもなるし、自分の論理が必ずしもそのまま他人に通らないこと知ることも出来る。
そういったことも義務教育の子供のうちから学んでおくほうが良いのではないかと思う。
2011/05/22 16:17  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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>05/21 23:07
まずは引用感謝。でも引用されたところで結局あなたが何を言いたいのか正直…
どうですか、とか言われても何がどう馬鹿馬鹿しいのか…
批評において技術面の指摘をすること自体は悪くないし、その人が技術面しか見ていないと断定するのもどうかと思う
単につまんねーと感じた作品のダメだと思った所を指摘してるだけのありがちな感想じゃないの
わざわざこころなんか持ち出さなくても、「ワンピってバトル下手だしゴチャついてるしギャグは寒いし感動とかお涙頂戴じゃん、売れてる意味がわからん、過大評価」ってのと同レベルにしか見えない。
だいたいこころって連載中は先生の手紙あたりまでつまんねーの嵐じゃなかったかしら

それと下の彼の文章、ただの吐露とおっしゃるがそうは見えない。
彼が挙げた例は営業だの技術だの、痛いとこ突いてやろうみたいな考えが深い読み取りなんかせずとも普通に見える。
いや単なる吐露だとして、独り言だって誰かに聞こえりゃ返事がくることだってある。
で、もう一度言うけど、論理的文章って論文だけじゃないのよ。あなたも俺の言ってること読み取れてないのでは? また、論文を書かせるのを目的にしたとしても、ただ論文を読ませることがいい方法とは思えない。単なるアドバイスでなく義務教育に組み込むとしたらね。選定基準も色々めんどくさかろう。簡単に優秀でない論文などとは言うけどね。
想像通りに話が進む確証などない。よくわかってるじゃないですか。だからこそ伝わるように伝わるように書いていくのではないのですか? どこで妥協するかも大事だけどね。どんな名文、論文だって誤解する人はいるんですよ。
ブログの※欄なんか、理解以前に相手がまた読んでくれるかさえわからないに。文だけ紹介して、「どう? 僕の言いたいことわかるでしょ?」じゃあ困りますよ。少なくとも俺には、あなたが伝えたいことが見えてこなかった。例が的確ならば、言いたいことも見えてはこようが。
俺の拙い読み取りでは、あなたが「技術批評則ち悪」みたいな考えに固まってるようにしか見えなかった。

そこまで付き合う義理はない。ならどこまで付き合おうか? その選択権は己にありますが、付き合える長さは長いに越したことはないでしょう?
2011/05/22 13:09  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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 論文を義務教育で教える必要があるのか?
と点を誰も突っ込んで無いって事は皆さんは学士以上の方々なのかな?
 小論文や論文の基本中の基本は高校・大学の受験対策で教えて貰うと思ったけど違うのかな?
 問題に対してこういう書き方で思った事を書くと点数が上がるって言われたこと無いかな?

 基礎的な文章が書ける人相手なら、指摘も簡単に済むし、文章が書けない人相手なら、論理的な構成を説明する前の問題だ。
 *個人的には国語テストの~について50字で述べよ(説明せよ)ってのは十分に論文の基礎教育だと思うけどね。
 
2011/05/22 08:03  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>2011/05/21 23:07

2011/05/20 19:10 の文章は「ただの吐露」というよりも「主張」であり、2011/05/21 01:08 はそれに対する反論であると思います。

海外の批評については、引用を見ても何が言いたいのかいまいち分かりづらいのですが、「文学を技術面で語る人」という言葉や他の文章から考えると、「このような文学を技術面でしか見れない人が出てくるから技術を教える必要はない」という主張でいいのでしょうか。
私としては、この人が技術面で「しか」読み取れていないだけで、文学と論文を別に考える必要もあるのではないかと思いますが。


私は「書き方を教える必要はなく、ただ文章を紹介だけすればいい」という主張には賛同できません。
紹介されたものを読むだけなら自習で済みます。
わざわざ学校という場で、仕事として給料をもらっている教師が教えるのだから、最低限、
①日本語として正しい(意味の通じる)文・文章の作り方
②日本語の様々な表現技術
③目的に沿った文章形態と表現の選択方法
等を教え、その際それらが使われた文章を例として紹介し、さらに生徒に書かせたものを添削するくらいはしてほしいと思います。
読ませっぱなし書かせっぱなしで「好きにしろ」では教育とは言えないのではないでしょうか。
2011/05/22 01:02  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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>2011/05/21 09:47

>引用くらいもしてほしいし読ませて何が言いたいかも出来れば欲しい。
>ぶっちゃけ読む気にならなかったよ、※だけで63もあるじゃん

これはうっかりしてました
読んで欲しかったのは本文でした
引用しますね

海外の反応 - 夏目漱石の『こころ』-(とりいそぎ。)
ttp://gyanko.seesaa.net/article/145174191.html

==========

評価:★ ほとんど信じられないぐらいに過大評価されてる

この本を再読したあと、現代日本文学のクラスで講義とディスカッションがあった。正直に言えることは、この本は僕が読んだ中で最も過大評価されてる本の1つだということ。

『こころ』は技術面で弱い。小説というものは一般に、起承転結の要素からできているものだが、この本は起か結しかない。これが起なのか結なのか僕は見分けられないでいる。
物語中で登場人物が死ぬというのは、明らかに読者の感情をいくばくか揺さぶる意図があったのだろうが、漱石の仕事はお粗末だ。登場人物の誰一人として面白くないし、登場人物が死んだことへの同情のようなものを押し付けられるという徹底的に一次元なものでしかない。
読者は登場人物のことを熱心に気にしてくれるものだと思い込んでいるかのようだ。そんな思い込みはどんな作家であろうとくだらないというのに、これが日本が生んだ最高の小説家の一人と考えられている人なのだからさらにとんでもない。

小説の大半は、なんの関連性もない描写に費やされている。漱石の達者な詩的言い回しを見せ付けるという言い訳以外に、なんの目的もない。10ページも読めば、絶対にこう自問するだろう。なにが言いたいんだ?常に、展開を暗示する文章がまた並んでいるだけの話。

本の全編は、極端なまでにありきたり。実際、『友だち』(訳注:ジョン・ノールズ)を読んだことがあるなら、下巻で話がどうなるかは正確にわかるだろう。出来事が予見できることと、登場人物の感情の鈍さが、そこに本来ならあるはずの哀愁を薄めてしまってるんだ。

こういう先が予想できる流れというのは、手の込んだ運命の必然性を強調するのに使うこともできるけど、そういう場合は、登場人物をすでに知っているか、理解している必要がある。そんな登場人物もいないとなると、読者はいつ終わるんだろうって思いながら取り残されるだけになる。

本の中で、人間関係の性質について、漠然と興味深いことをいくらか言ってもいるけど、そういうメッセージは随筆の形のほうがより明快だったろうな。話の下手さ加減、陳腐さ、不器用なほどの先のわかりやすさは、無価値だし邪魔。

夏目漱石の著作には、価値ある作品もある。『我輩は猫である』は僕の個人的お気に入り。でも、『こころ』は良作ではない。このとんでもなくダラダラした、先が読める、徹底的に陳腐な本を超える小説がたくさん日本で生まれていることを考えると、偉大な日本の小説としてのこの本の地位は、当惑する事実だ。

kono hon ga yahari dame de aru(原文ママ)●

==========

どうですか実に馬鹿馬鹿しい批評でしょう
単純な話です

あなたが突っ掛かった相手は果たして論破を目的として書いたんでしょうか
私にはただの吐露に見えますが
技術面が気になるんですか

おそらく私もあなたが望む様な書き方をしてませんが、何を言っているのか見当もつかない文章ではないでしょう

天才でない限り、育成にはまず知識が必要ですが、私としては、それは書き方の紹介ではなく、そのように書かれている読み物の紹介であるべきだと思います
多種多様な読み物を沢山与える事、教科書に登場させる事が大事です

論文を書かせたいなら、論文の書き方を教えるのではなく、論文そのものを(出来れば優秀なものだけでなく)、という事です

>あなたは、俺に理解してほしいから他サイトまでもちだして、文章書いたんじゃなイカ?
>意見がある、怒りがある。「コイツ何言ってんの」で終わらせていいのか?

随分不愉快な文章を書くんですね
あなたの想像通りに会話が進む確証なんて無いんですよ
そこまで付き合う義理もありません
あなたに必要なのは「論理的な書き出し」より「読み取り」なのでは
2011/05/21 23:07  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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地震があろうがなかろうが、近いうちに日本は潰れるな
こんなアホばっかの世代が日本を担っていくとか恐ろしすぎる
2011/05/21 20:02  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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美術は何も教えなくて良いって意見はなぜなんだ・・。
2011/05/21 15:52  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>ごめん、つまんないからもうやめてくんない?
2011/05/21 15:14  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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そもそも、俺も苦労したんだからお前らも苦労しろ、では文明は先に進みませんがなw

文章の綴り方一つ取っても、こういった形の無いソフト的なものは意外に重要なんだぞ。
古代、中世あたりでできた各地の大帝国が跡形も無く滅んだのは、知識の継承が上手くいかなかったのも大きい。
情報量がどんどん増えている昨今、出来る限り効率化を図ることは重要。
「日本語で教育を受けること」に価値がある、とワールドワイドで看做されれば様々なメリットが生まれることになる(無論、デメリットもあるが)。

理論教えたくらいでいきなり出来る奴なんてそうはいない。何度も練習しなければ物にはならん。
この程度のことでカリカリするなw
やるべきこと・知るべきこと、失敗する機会も、長い人生腐るほどあるっつーのw

若い奴らが俺達を超えていかない社会なんぞ、何が面白いか。
2011/05/21 10:08  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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後釣り宣言みたいで何だがあえて書き直しなどという言葉を使ったのはそれにカチンとくる誰かが欲しかったから。
ほんとはもうちょっと俺の文章そのものについて突っ込んでほしかったが仕方ない
子供を盾にしてらっしゃるようだが、伝わってない文章を単に個性という言葉でくくって放り出すのを教育とでも?
文字の癖、文体の癖はあってしかるべきだが「あ」を「め」と書くのを個性と呼ぶか?
口語とか文語とか関係ないよ。思いの丈をぶちまけて、それでなにも言われないとでも思っているの?
およそネットなんか、現代で一番あらゆる人から突っ込まれやすいメディアじゃないの。
だいたい彼の怒りの文章は、例が的外れなせいで滑稽なものになってるじゃないか
あなたあの文章を、個性的でよく伝わる文章として褒められるの?
論文だけが文章じゃない。まさしく。詩に論理はなくてもいい。でもね、論理的文章は論文だけじゃないのよ。現に彼の文章、学校責任派を論破したい、説得力の必要な文じゃなイカ?
それに個性ある文章って何かね。ましてそれ教えられるものなの?
あと夏目漱石の記事だけど、せめてサイト名は書いてね。たぶんとりいそぎさんところだろうけど
引用くらいもしてほしいし読ませて何が言いたいかも出来れば欲しい。
ぶっちゃけ読む気にならなかったよ、※だけで63もあるじゃん

あなたは、俺に理解してほしいから他サイトまでもちだして、文章書いたんじゃなイカ?
意見がある、怒りがある。「コイツ何言ってんの」で終わらせていいのか?
2011/05/21 09:47  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>>2011/05/21 05:19さん

コメント欄においてはURLの直接掲載は
禁止させていただいてます。
業者によるアダルトサイトや出会い系サイトなどの
宣伝リンクを貼ることを防止するためです。

URLを貼る時は
頭のhを取ってから貼ってください。

例)ttp://japonism2ch.blog57.fc2.com


久々にコメント欄が盛況で
正直嬉しい管理人より
2011/05/21 05:53  | URL | すぱろこ #-[ 編集] |  ▲ top

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>言うつなりなの?

言うつもりなの? です、間違えました
2011/05/21 05:22  | URL | 2011/05/21 05:19 #-[ 編集] |  ▲ top

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>2011/05/21 01:08

自分を説得出来なかった、それを理由に「書き直し。」ってどうなの
子供らにもそう言うの?

子供らが同じような文章を書いたら「個性ある書き方を教えていない」とでも言うつなりなの?

ネットで思いの丈を口語で書いた、それだけの人に突っ掛かってそんな文章を書けてしまうのが教養なの?

論文だけが文章じゃない
教科書に出て来た文学や、偶々見た映画に感化されたり、何となくでも自分で選んだ本の読書感想文なんかも中々乙なものだと思う

海外の反応 - 夏目漱石の『こころ』-
(検索して下さい)
翻訳ブログの記事です
文学を技術面で語る人が出て来ます
読んでみて下さい

※管理人さんへ
ここってURLを貼れないんでしょうか
「禁止キーワードが含まれています。」と出てしまいます
文中にもURLにも書けないようなのですが、紹介したい記事がある場合どうしたら良いでしょうか
上記の 「海外の反応 - 夏目漱石の『こころ』-」 という記事です
2011/05/21 05:19  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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皮肉なことに下のゆとり世代の彼がぶちまけた怒りの文章が、学校で文章の書き方を指導する必要性を示しているというか…

論理的云々以前に、例が的外れ。
今回のテーマに関しては、何人かは自然に身につくとさえ言っているし、自己責任派は学校で教える必要がないとの主張をしている。
そして学校責任派も実は、教わってなくても出来るだろうと思って、それで失敗した(或いはするだろうと予測した)のだ。

どちら側も、現段階では学校教育における文章指導の機会がない(必要ない)ことが前提だ

対して彼の挙げた例はどうか。営業、技術、どちらにせよ学ばずに教わらずに出来るなどと考えている人は、普通そうはいない。
学習・教育の必要性が素人目にも殆ど明らかな例なのだ。
このテーマの場合明らかに意見が割れている。

つまり彼は、文章指導が必要かどうかを論じているとき、誰の目にも指導・教育の必要性が明らかな例を持ってきて(勿論学習機会はきちんとある)、自分で学べなどと主張しているのだ。
自学自習の重要さを主張したいのであろう彼の文章は、奇妙にねじまがってしまっている。

あげくの果てには、自分の被る迷惑は糞ゆとりの『せい』などとのたまっている。
怒るのはいいが、思考して文章を書けねば人は説得できない。論理抜きで人を魅了できない文章なら尚更。
書き直し。

自分の文章が論理的かは、案外自分で気づけないもんだし、そういう添削は必要だと思うな。
教えるデメリットがあると思えないし。
「出来て当然! 自己責任!」とか言う人は、やっぱりただ人を見下したいだけじゃないの?
論理的文章を書ける自分を、上等な人間だと思いたいだけなんじゃないの?
2011/05/21 01:08  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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文章には、目的にあった形式ってのがある。
記事文は「成り立ち、種類、効用」の順で書くとかね。
こういう「綴り方」の授業ってのを自分は受けたことがないせいで、我流で文章を書いてきた。恐らく多くの人も同じだろうと思うが、この手のテンプレートっていうのは覚えると便利であって、テンプレートであるからこその応用も効く。

自然と身に付くとか言ってるのは、ホントにそういうオツムの人か、さもなくば自分のバカさに気付いてないだけの残念な人なんだろう。
2011/05/21 00:06  | URL |      #-[ 編集] |  ▲ top

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自己責任論者の見識の狭いところは他人を見下すための道具としか思ってないようなところにあると思うな。
馬鹿を見ることで優越感に浸りたいというか。実際気持ちいいもんな、馬鹿見るの。
でも馬鹿だって社会に出るんだから、馬鹿をちょっとでも使える馬鹿にするか、せめて自分の馬鹿さ加減に気づく機会は与えてやるのが社会の責任だろ。

自分のいた高校では小論の授業があったが、書けない奴はきっとそこで気付いただろう。
馬鹿に馬鹿だと教えてやるのも教育だと思うよ、頭が悪い奴は機会があるまで気づけないんだから。
馬鹿だと気付いてからが大事だと偉い人もいってただろ? それはきっと他人に対しても一緒で、馬鹿を見て嘲笑ってそれで思考終了じゃダメなんだよ。
馬鹿が馬鹿を自覚できずに大学まで行ったことに思うところがないのなら、それじゃ賢いだけの馬鹿じゃないか
まあ所詮他人事だから思考なんか面倒だろうし、仕方ないよね
仮に教育に携わってるものがそういう考えだとしたら、とんだ責任放棄だが。


>いい加減にしろよ、お前ら糞ゆとりのせいで同じ世代の俺まで迷惑被ってんだよ
>馬鹿は馬鹿らしくヘキサゴンでも見て馬鹿笑いしてろよ

どんな迷惑があったかはわからんが、その文章を見るに君も多分似たり寄ったりだと思うよ
本当にその迷惑は君に一切の責任はないのかい?
2011/05/20 22:51  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>2011/05/20 19:10

営業職でも社員教育受けたりとか最初は先輩が付き添ってくれたりとかないですか?
溶接工の人は勝手に見て覚えろ!とか言われて機械の使い方も自分で触って覚えていくんですか?
間違ったこととか危ないことしてても「自己責任」で済まされてしまうんですか?

自分に必要だから、自分がやりたいから勉強して訓練するにしても、その際教えてくれる人が居ると思います。

学校の教師が国語で文章の書き方を教えない、というのは、会社で言えば社員教育を担当していながら、新人の営業マンに「好き勝手売ってきて良いよ、でもそれで成績上がらなくてもクレームきても自己責任ね」と言っているようなものではないかと。
しかもその社員教育を受けるために教育費を払わなければならないとしたら、何のためにあるんだ、と言いたくなるのも当然ではないでしょうか。

溶接工の人も「明日からこれやってね。やり方は周りで働いている奴ら居るんだから見れば分かるよな?」といきなり仕事を任されても困る筈です。
やり方をまったく教えられず見よう見まねで作った製品が基準に達していないからとお給料をもらえず、しかもどこが悪いのかもどうすればちゃんと作れるのかも教えてもらえない、材料費は払わなければならない、という状況で納得できる人はいるのでしょうか。


そもそも学校教育をより良いものにしてほしいと考えることに対し、何をそんなに憤っているのでしょうか。
自分の経験から、文章の書き方を教えてもらっていたほうが良かったと思い、子供たちにその教育を受けてもらいたいと願うことは、おかしいことでしょうか。
文章の書き方を学校で教える、というのはそんなにも悪いことなのでしょうか。
2011/05/20 21:15  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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美術だって「こう描けばこう見える」というテクニックや、画材の選び方とかいろいろ教わることはあると思う。

普通の人は、頭の中にイメージがあってもそれをどう表現すれば良いのか分からないんじゃないかな。
もちろん自分で描いてみて覚えていくのも大切だろうけど、全部の方法を自分で試すとなると膨大な時間と画材なんかを揃える予算が必要になる。
だったら最初に「何を使ってこうやればこうなる」という理論を教わるのも大切じゃないかと思う。

文章の書き方も同じで、パターンをまず一通り教えてもらって、そこから自分の必要なものを取捨選択して書いていく方が良いと思う。
書類や論文は内容は大事だけど文章自体にオリジナリティはいらないと思うし、作文や小説だって内容はもちろんだけどパターンの組み合わせ次第で文章にも個性なんていくらでも出せるし。
2011/05/20 20:24  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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505とその系統がいらつくのは「俺が気付いた真実を教えてやる」ってスタンスが見えかくれしているからなんだろうね。
嘆くのでも相談するのでも無く高見から言い放つだけ、それに対しての原因の究明と対策こそを思考すべきなのだろうにな。
2011/05/20 19:16  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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がっこうでやってないからできないです~
いだいなおれさまにおしえやがれ~おしえないおとながわるいんだ~

ってか?ゆとりも大概にしろよ
学校で教わらなくても~できるだろって言うなら学校いらないんだよね ?
じゃあ何か?営業職の奴らは小学校のころからいかにものを売りつけるか教えられてたのか?技術系の奴らは小学校のころから溶接でもやってたのか?
違うだろ自分に必要だから、自分がやりたいから勉強して訓練したんだろうが

いい加減にしろよ、お前ら糞ゆとりのせいで同じ世代の俺まで迷惑被ってんだよ
馬鹿は馬鹿らしくヘキサゴンでも見て馬鹿笑いしてろよ
2011/05/20 19:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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美術が製図じゃないから技法教えなくて良いなら、やっぱり作文でも技法教える必要はないな。


ていうか義務教育からいきなり大学にとんでるのが違和感なんだが。

義務教育で情緒的な文章やって、論理的な文章は高校でやれば良いんじゃね?
2011/05/20 18:24  | URL | #3GUhKZ6A[ 編集] |  ▲ top

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美術は製図じゃないから、それで良いと思う
有名な人の得意とした描き方はあるけど、正しい描き方なんてのは無い

美術の予備校を出てる人は皆同じような絵を描きがちで気持ち悪かった
大学にまで入って「鉛筆の削り方を教えて下さい」とか言ってて失笑ものだったよ
本当の削り方とか言ってた

文章の書き方なんて無くて良い
書類が書ければ良いんじゃないかな
西洋の言う、喋る訓練とかも只の統制
皆同じような事を言ってるだろ向こうでは
「日本人は"そういう教育"を受けてないプゲラ」なんて個人主義が聞いて呆れるよ
2011/05/20 15:08  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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話がちょっと変わるけど美術も同じで技術的な事を殆ど教えてくれないんだよね。
構図のとり方とか立体的な絵の描き方とか、基本的なことだけでも教えてくれりゃあ良いのに。
何度も何度も描かせるくせに勝手に描けっていうね。

何にも教えずにただ描かせて出来上がりで成績つけるって勉強じゃなくて才能を測ってるだけじゃねえか?
2011/05/20 13:34  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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言語によって通る論理が違うよ

所謂西洋言語同士は親戚で、書き下す論理も似てる
その論理は一つ、或いはごく少数で実に一神教的
「自分はこう思う」を論理的に展開すると、半ば自動的に「対する主張は間違ってる!」となる

日本語は膠着語で、書けてしまう論理が複数あり、言語に統制されにくく、多神教的な特徴を持っている
「自分はこう思う」を論理的に展開しても、「他の主張も筋は通ってるな・・・」となりがち

日本語で誰かの言う論理だけを通すのは難しいと思うよ
2011/05/20 12:23  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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日本は、起承転結な作文の書き方は教えるけど、序論本論結論な論文の書き方は教えない、だから作文と論文どちらも教えるべきだ、っていう内容の本を読んだことがある。
読んだときは確かにそうだな、と思ったな。
まあ、授業時間も教える人材も足りないだろうから、カリキュラムに新しく入れるならそこをもっと増やさないとダメだろうけど。
2011/05/20 10:36  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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学校で教わらなくても~できるだろって言うなら学校いらないんだよね
作文論文書けって言われたって、やったことないのにちゃんとしたのができるわけないし
ちょっと賢い奴は先人のコピーで乗り切るけど、学校の教えをきちんと学んできた人はそれを悪いことだと思ってる
テキストありきが現行教育の基本で、そのテキストが抜けてんだから文句が出るのも無べなるかな
2011/05/20 08:47  | URL | 名無しさん@ニュース2ちゃん #-[ 編集] |  ▲ top

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なんだろ?
505の言ってることはわかるし、主張の内容も同意できる部分はある。
しかし、書き方がムチャ、むかっ腹立つし反証突きつきて
回答に困らせてやりたくなる。
書き方がいかにもつたない、聞いているほうがどう感じるかまったく考慮に入れてないような文の書き方。

505がろくな文章の書き方学んでないのは事実のようだがだが、ろくに本読んでないだろこの御仁。
2011/05/20 08:29  | URL | 名無しさん@ニュース2ちゃん #-[ 編集] |  ▲ top

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20代後半だが、高校教育まで体系的な論理的思考なんて全く教えられず、予備校で教えてもらって現代文に自信が持てるようになったな。
それまでは点数が良くてもどこか回答に不安があった。
そのものずばり教えてもらうのとそうでないのとでは雲泥の差があるよ。

最初に「型」を教えた方が上達は早いっつーの。
「守破離」は武道だけじゃない。
スポーツだろうが頭脳労働だろうが、理論と実践を絡めたほうが育成は効率的に進むよ。
2011/05/20 07:08  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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文章から感じる単なる印象、と前置きもとい予防線を張っておくが、
俺には自己責任論者のレスの方がバカに見えるな。
2011/05/20 07:06  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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読書感想文とか絵を描くのを初等学校教育でやるのって子供の知能の発達度合いを判定するためにやるのもあるんじゃないの?
〇歳の子供は平均的な成長をするとこれこれのことを出来るみたいな(だから勝手に書かせようとする)
2011/05/20 07:03  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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小学校の作文は、論理的文章を書く練習というより、
精神分析的に生徒の内面を知るためのツールとして使われているのでは?
義務教育では、論理的なパラグラフの構成方法、トピックセンテンスの選び方、句読点の論理的な使い方などを繰り返し練習することにもっと重点が置かれてもいいといいと思う。

論理的な文章を読んでいれば自然とできるようになるというのは、教育の放棄以外のなにものでもない。



2011/05/20 02:09  | URL | 名無しさん@ニュース2ちゃん #wr80fq92[ 編集] |  ▲ top

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頭が悪くて結構。
その頭が悪い奴に教えてやれって話してるんだよw
キミも自分で言うほど頭良くないみたいだぞw
小学校の国語は先生のお休みタイムじゃないんだ
論文の書き方ぐらい教えてやってもいいはず。
2011/05/20 01:17  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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505がバカであることには変わらない。
2011/05/20 00:04  | URL |   #-[ 編集] |  ▲ top

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まあ、「出来ない」子にわかりやすく教えるシステムが
あった方がいいとは思うよ。
自分は水泳がからっきしで、中学の授業ではまともに泳ぎ方を教わった事がなく、泳げないままだった。
高校の体育の先生が「泳げない」子に教えるのが上手い人で、そこで初めてどうすれば泳げるのか教わり、実際泳げるようになって感動したもんだ。
2011/05/19 22:43  | URL | 名無しさん@ニュース2ちゃん #-[ 編集] |  ▲ top

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英語と同じ、実生活において論理的な文章を求められることなんて殆ど無い
余程意識を高く持って生活してない限り自ら学ぶはずがない
でも、それが後に必要なスキルとして求められるなら小中義務教育の間に教えといた方が良いだろ

だいたい、国語のテストなんて読み解くことがメインだからラノベばっかり読んでいても文章慣れさえすれば点数はちゃんと上がる。
こんな状況で論理的な文章をアウトプットする力が育ちますかね?
2011/05/19 22:28  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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読書感想文か・・・夏休みの宿題の中でそれだけいつも間に合わなかったんだよな・・・。

文章力は教えてくれる先生の質にもよると思う。特に初等教育は。
「思ったことをそのまま書きなさい」って言われる度に、もっと具体的に教えろや(゚Д゚)ゴルァ!!って思ってたアホの子としては、本とか新聞読んでりゃ身につく人が羨ましいよ。
学校は「教わりに」行くとこじゃありません。「学びに」行くとこです。っていうのは正論ではあるが、七歳の子供にそれを心得よというのも酷なもの。
2011/05/19 22:27  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>2011/05/19 17:42
>2011/05/19 17:54

もう一回576とか643を読み返してみるべき。

自習だけで身に着けておくべきだったというなら、学校も国語の授業も何のためにあるのか分からない。
読むだけで書けるようになるというのも乱暴すぎる考え方だと思う。
不可能ではなくても、はじめから教師がしっかり教えておくほうが効率も良いし、間違いを覚えることもない。

子供の頃から、幼い頭で考えたことをそのまま書いためちゃくちゃな文章をそれで良しとされてきたのなら、論文で苦労しても仕方ないところもある。

大学のレポートなんかも提出して、それに優・良・可・不可の評価はしてくれても文章構成についてまで添削してくれるわけでもない。
「この程度のことは書かなくても分かるだろう」と思って省いたことが重要だったとかいうのはよくある話だし。

会話でも文章でも人に自分の意思を伝えるということはそんなに簡単なものではないのだから、それをきちんと教育するべきだというのは何もおかしい考え方ではないと思う。
2011/05/19 19:07  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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652の姉は十八、妹二十歳
が気になる。
2011/05/19 18:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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最初に話題をふった人は、本は大量に読んだかも知らんが、教科書や論文は読まなかったのかな。
大学の卒論って四年次の後半に書くものだと思うが、それまでの三年半でレポート書いたり論文読んだりするだろうに。それで訓練は十分できる。(レポート丸写しとか輪講サボリとかしなければ)

大学で勉強が足りなかっただけなのに、なんで義務教育が争点になるんだか。
2011/05/19 17:54  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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学校で教わらんでも本とか新聞とか読んどきゃ自然と身につくもんだろ
どっちも読まない?国語の教科書はいい本だろ?論理的な文は数学や理科の教科書にいくらでも書いてある
まさしく「教えられた」ことしかやってこなかったんだな、教育が悪いんじゃなくて単純に頭が悪い
2011/05/19 17:42  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top


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