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江戸時代を語る(part6スレ)
- 2009/02/19(Thu) -
239 :21=観戦厨[]02/12/30 17:42 ID:o+UpgxhR
ジャポニスムの淵源と言えるか、
柿右衛門及びヘレンドやマイセンにおける写しとの話って、出てましたっけ?

やきものの話は、あんまり出てないかなぁ。

240 :21[sage]02/12/30 17:56 ID:o+UpgxhR
正直、陶磁器は自分で買う事は無く、
貰い物か家族が買ってきたものしか使わない
ズブの素人で何も知らないので、URL紹介かコピペしかできんのですが。

一応、紹介。
(※リンク切れ)
>柿右衛門の赤
>ヨーロッパは、ペルシャの陶器、ベニスの工芸技術、マヨリカ焼きの技法など
>では、赤の発色にさほど驚きませんでした。でも柿右衛門の赤は違いました。
>その背景、つまり磁肌のひきしまった白とのバランス。そして、余白を生かした構図が
>絶妙でした。ヘロルトやその弟子たち、ハインツ、ヘウアー、ハロルド、クリンガーらも、
>柿右衛門や伊万里という名前は知らなかったでしょうが、
>当時の作品は、すべてを語っていたのでしょう

どうやら景徳鎮が戦乱の影響で輸出量を大きく減らす中
日本製品が世界市場で取って代わった様なんですが、
しまいには中国でも写しが作られたそうです。

244 :日出づる処の名無し[]02/12/30 20:12 ID:6NrMG6SS
>>240
(・∀・)イイ!
ワルタン翁はとっくに引退したと風の便りに聞いているが、
僕のなかでは、彼の言葉が今も生きつづけている。
「インドの花や柿右衛門を徹底的に写してきたよ。
写しは模倣であるが、不思議と、写しを徹すると自分が見えてくるんだ。
ある清々しい気持ちをともなってね。
ワシは、中途半端な創造より、模倣のなかに自分を見つけたよ」

249 :日出づる処の名無し[sage]02/12/30 22:25 ID:t5v/ZwG9
>>244
>ワシは、中途半端な創造より、模倣のなかに自分を見つけたよ
これって日本画の精神だな。
日本画には「画の六法」って心得があってその中に
「伝意模写」ってのがある。
過去の作品を模写する事で先達の技術や精神を学ぶという事。
この人は自然と日本画の精神も学び取っていたんだね。

250 :日出づる処の名無し[]02/12/30 23:22 ID:6JgMr7lp
パクリが伝統的精神か。

251 :日出づる処の名無し[]02/12/30 23:57 ID:ryARSuNW
パクリは安易な模倣。
真摯な模倣はときを超えた師弟関係であって、
安易な模倣はときを同じくした便乗商法。

254 :21[]02/12/31 00:54 ID:3Xz1Rp7k
大してやきものについて、知りもしないので感想じみた書き込みなんですが。

磁器の開発史って模倣の歴史じゃないのかと思う。生活に密着した物だけに。

東アジアでは中世に至るまで、中国製がダントツで輸出高トップで
日本・朝鮮を含む東アジア諸国の窯業者は甚大な影響を受けたはずである。

多分、大きな流れとして

中国(景徳鎮など)→→→→→→
↓        ↓         ↓
李朝朝鮮 → 日本の各窯→ (東インド会社) → マイセンその他欧州窯

で、順々に伝達(模倣)が行われたのだと思う。

で、多分日本の窯においては、正保3年(1646)以降、酒井田柿右衛門らが
独自の上絵付(赤絵)の技法を完成、さらには明清交代期の混乱に乗じて
中国製品がダントツであったはずの国際市場にて大量の輸出を開始して以来
市場で確固たる地位を占めた点、さらには「柿右衛門写し」として
欧州窯で大量に「模倣」されジャポニスムの淵源となった点が
特筆される所なのではなかろうかと。

256 :249[sage]02/12/31 08:50 ID:i8E/Ab5P
ウロ覚えで「画の六法」書いたけど
よく調べたら、中国画の見方についての心得だった。スマソ
写しはあくまで修練の一つ。
人のを写してさも自分のものの様にひけらかすのは「伝移模写」ではない。

**********

262 :日出づる処の名無し[]03/01/01 11:41 ID:cwDWQXyD
今日の朝日新聞に「江戸四百年」と題する別冊が付いてた。

内容はまさに極東版で出てきてるように、
江戸時代ってこんなにステキだったんだという内容。

朝日に極東版住人がいるのかも。

265 :日出づる処の名無し[]03/01/01 16:37 ID:v6csOQVl
江戸幕府が始まって今年でちょうど400年らしい。

267 :日出づる処の名無し[]03/01/01 16:46 ID:8NlS0o1D
>>265
なるほど。1867年に大政奉還だから
400年の内,まだ半分以上が江戸期なのか。。。

266 :江戸[]03/01/01 16:46 ID:v6csOQVl
ソースが朝日なのがなんだけど、
面白そうな所を抜粋してみます。

「身のまわりのこまごました物をそろえた小売屋は、
まるでコンビニのようだった。
一人暮らしの男たちの家を回って家事をこなすヘルパーさんのような女性がいて、
長屋には託児所もあった。みそを丸薬のようにして乾かし、
お湯を注ぐ即席みそ汁があった。
天ぷらやおすしなど簡単に食べられる「ファーストフード」の屋台が並び、
お惣菜屋も繁盛していた。」 作家 宮部 みゆき

269 :江戸[]03/01/01 16:58 ID:v6csOQVl
太平支えた情報社会
江戸東京博物館館長 竹内誠

例えば江戸中期に人気を集めた「黄表紙」という読み物の中には、
こっけいな話の裏に痛烈な政治風刺を潜ませたものがありました。
それがベストセラーになった。大衆が政治情報をよく知っていたことがうかがえます。
この現象は大都会に限ったことではありません。
各藩は江戸の政治情報や、米相場など大阪発の経済情報を
迅速に国元に送るために大きな努力をはらいました。
そうした流れに乗って、文化も教育も非常に速いスピードで全国に広がり、
地方の庶民の知的レベルは総じて相当高かったといえます。

270 :江戸[]03/01/01 17:05 ID:v6csOQVl
●江戸セレブ 夢中にさせた 友禅ブランド
高級ブランド好きは、今も昔も変らない。成熟した町人文化を背景に、
武士や貴族だけでなく、不特定多数の庶民の間に、
初めてファッションの流行が始まったのが江戸時代だ。
そのトップデザイナーが、色鮮やかで絵画的な「友禅染」の宮崎友禅だ。
友禅は17世紀後半から18世紀前半にかけて京都で活躍した。
本業は扇などに絵を描く絵師で、・・・
・・・その腕前と名声を利用して、京都の染色工房が売り出したのが「友禅染」。
いわば「デザイナーズブランド」だ。

272 :江戸[]03/01/01 17:42 ID:LT+aMxzK
●果てしなき 金のもめごと 年三万件
幕府の公式文書「撰要類集」によると、
江戸町奉行所は1718年に3万5千件の民事訴訟があり、
そのうち約3万3千件が金公事(金銭をめぐる訴訟)だった。
・・・
当時、裁判に不慣れな庶民のために、書類の作成代行や
裁判の付き添いに活躍したのが、訴訟当事者を専門に務めた公事宿の主人だった。・・・
18世紀後半の江戸では日本橋馬喰町を中心に、約200軒もの公事宿が軒を並べていた。
・・・
「奉行所の都合で裁判が遅れ、公事宿代や訴訟費用がかさむのが庶民の悩みでした」
と国立歴史民族博物館教授(日本近世史)の高橋敏さんはいう。
こんな川柳が残る。
「馬喰町 人の喧嘩で 蔵を建て」

273 :江戸[]03/01/01 17:54 ID:LT+aMxzK
●自然体 暮らしに根付く リサイクル
・・・
ものも大切にした。着物は古くなると仕立て直し、着古した後、
寝間着になり、おしめになり、ぞうきんになった。酒などを運ぶ四斗樽は、
傷むと小さな一斗樽に作り直され、やがては薪に。
灰になったら、灰屋が集めて肥料にした。
壊れた茶わんは焼接(やきつぎ)屋が直し、鍋釜に穴があけば
鋳掛(いかけ)屋がふさいだ。紙くずは、回収して漉(す)き返す。
道にこぼれた木くずを拾い集めたり、川床から金属をさらったりする商売もあった。
・・・
リサイクルなどと横文字を使うまでもない。手入れをして長持ちさせ、
回収して再利用し、最後は自然に戻すのが当たり前の社会だった。

275 :江戸[]03/01/01 19:29 ID:a6AMjwrq
●楽しんで 学ぶ寺子屋 フリースクール
福沢諭吉は1878年の著作「通俗国権論」に胸を張ってこう書いている。
「国の人口を平均して字を知る者の多寡を西洋諸国に
比較しなば我が日本をもって世界第一等と称するも可なり」
庶民は6,7歳から15歳ごろまで近所の寺子屋に通い
「読み、書き、そろばん」を学んだ。
その結果、幕末時の平仮名の識字率は江戸で8割を超え、
全国でも5割前後に達していたらしい。
・・・
「師匠」は武士、医者、僧侶など。自宅を教室に開放し、女性教師も多かった。

276 :江戸[]03/01/01 19:37 ID:a6AMjwrq
●のめりこむ ゲーム感覚 和算ブーム
そろばんを道具に発達した日本独自の数学「和算」に江戸後期の人々は熱中した。
そのブームは徳川家の殿様から庶民まであらゆる層に広がり、
教科書「塵劫記」はベストセラーになった。
著者の吉田光由が「海賊版が出回って困っている」と嘆くほどの。
微分積分やパズルのような図形問題が特に発展した。
電気通信大講師(科学史)の佐藤賢一さんは「大半は現代の中学、高校レベルの問題だが、
中には数学専攻の大学生でも容易に歯が立たない難問もあった。
人々はそれをゲームを楽しむ感覚で解いていました」と話す。
・・・
指導者は全国を巡回し、講習会を開いた。
今の新潟県の出身である山口和は、江戸で修行した後に独立し、
東北、中部、近畿、九州・・・・と全国で教え、それだけで生計を立てていた。
飛脚で解答と指導をやりとりする通信添削もあった。
江戸の先生に、福島の愛好家が出した手紙が残っている。

277 :江戸[]03/01/01 19:45 ID:a6AMjwrq
●いける味 初物 屋台 グルメ本
・・・
100種類にのぼる豆腐料理を載せた「豆腐百珍」(1782年刊行)は、
レシピ本の先駆けとして知られている。・・・
江戸時代には料理本が次々と出た。
「生活に余裕ができ、
本の内容も、作法を重んじる食事から、食べることを楽しむ姿勢に変ってきました」・・・
外食も誕生した。1657年に開業した浅草の茶飯屋が江戸で最初の飲食店とされる。
18世紀には屋台が誕生し、そこから握りずしやてんぷら、そばが流行した。
食材や調味料も多様化。海外から伝わったサツマイモや
カボチャなどが食卓にのぼり、塩、酢程度だった味付けには
しょうゆやみりんが普及した。・・・
江戸も後期になると、法外な大金で初ガツオを求めたり、
ご飯や酒の量を競う大食会が催されたり、現代に通じる脱線気味のブームも生まれている。

279 :江戸[]03/01/01 20:01 ID:a6AMjwrq
●アイヌ民族 新ファッション
・・・ 17世紀、北方世界の人々と日本の商人を結びつけたのは、
蝦夷地のアイヌ民族だった。・・・
・・・
国立民族学博物館教授(アイヌ文化)の大塚和義さんは
「交易を通じて情報交換や技術の相互乗り入れが進んだのが、
この時代の特徴」と話す。
その一つは衣服。アイヌと和人の交流は双方に「ニューファッション」を生んだ。
植物の繊維を編み、文様をつけたアイヌの衣服「アツシ」は、
江戸や大阪で異国情緒の象徴として人気を呼んだ。・・・
・・・
交流は幕府が自由な交易を禁じた19世紀初めまで続いた。
「日本商人による収奪もあったが、江戸中後期、
木製のたばこ入れや小刀のさやの彫刻や刺繍などアイヌ工芸の美しさは
日本人を魅了した。民族、文化の多様性を尊重し合う関係が成立していた」

280 :江戸[]03/01/01 20:12 ID:a6AMjwrq
「粋」生んだ外国文化 法政大教授 田中 優子さん

江戸時代はこれまで「閉ざされた社会」というイメージを押し付けられてきたが、
現実には海外の様々な地域と交易があった。先入観なしで実際の暮らしを見てみれば、
外国文化が庶民の暮らしや文化と深く結びついている様子が見えてくる。
・・・
町には望遠鏡、顕微鏡、眼鏡などのレンズ製品も出回り、
大道にはレンズを使って遠近法の絵を「飛び出す絵」として見せる見世物があって
子どもたちの人気を呼んでいた。
・・・
朝鮮との関係は秀吉の時代に最悪になったが、
江戸幕府はそれを修復するために朝鮮と話し合い、
朝鮮通信使が日本にやってくるようになった。・・・
琉球使節も首里城から江戸にやってきた。中国と深い関係のあった彼らは、
行列のとき中国人の格好をするよう要望されたという。

281 :江戸[]03/01/01 20:19 ID:a6AMjwrq
衝撃ニュース 富士信仰呼ぶ

1733年、食行身禄と名乗る業者が、享保の飢饉で苦しむ
民衆の救済と「みろくの世(理想社会)」の実現を訴えて
富士山中での断食行の末、命を絶った。
センセーショナルな死は、瓦版を通じて江戸府内に伝わり、
庶民の共感を誘った。それが、富士山を信仰し、生業に
励むことで現世利益が得られると考える信者グループ
「富士講」が広がる契機になった。
・・・
信者グループは、最盛期には江戸府内で約400を数え、
・・・
1832年には女人禁制とされていた富士山頂を極める女性も現れた。
江戸・深川に住む「たつ」という名の25歳の女性信者で、
男女平等を説いた身禄の教えを実践したものだった。

282 :江戸[]03/01/01 20:28 ID:a6AMjwrq
大胆・精密 巧みな表現 大原美術館館長 高階秀爾さん

・・・浮世絵、華やかな装飾で知られる琳派の屏風や染織、
古伊万里の陶磁器などは、はるか海を渡り、「ジャポニスム
(日本趣味)」として、印象派やゴッホ、ルノワールなど西洋の美術家たちに影響を与えました。
・・・
(写真) ゴッホが油絵で模写したことでも有名な歌川広重の「名所江戸百景 亀戸梅屋敷」

283 :江戸[]03/01/01 20:38 ID:a6AMjwrq
「庶民」主役の商売繁盛 作家 童門冬二
・・・
三井高利。今の三越につながる「越後屋」の創業者です。
高利は、当時の呉服商の普通の商法だった、
大名や旗本らの屋敷への出張販売をやめ、
代わりに店頭に様々な反物をそろえ、お客が自由に選べるようにしました。
支払いは現金に限り、細かい端切れも売る。
この革命的な発想の転換は
「きれいな着物を着たい」という庶民をつかみ、爆発的な人気を呼びました。
・・・
財政改革のお手本は、8代将軍徳川吉宗でしょう。
元禄バブルの後の享保の不況期に、産業振興、とりわけ農業の近代化をめざし、
科学書や雨量測量計など欧州の文明を長崎港を通じて輸入しました。
・・・
商業の中心地・大阪では、商人出身の作家、井原西鶴が
代表作「日本永代蔵」で、「始末=倹約」 「算用=バランスシート」
「才覚=支出が増えたときの工夫」「取引を保つための信用」と
いった今の経営改革の基本を示しています。

284 :江戸[]03/01/01 20:47 ID:a6AMjwrq
技術競い、発明品も次
国立科学博物館主任研究官 鈴木一義さん
・・・
田中さんタイプの優れた科学者や技術者は各地に大勢いました。
高松藩お抱えの学者、久米道賀賢が代表的です。
失敗を重ねながら、天文や銃砲の研究、測量、塩田開発まで多くの成果を残しました。
世界に比肩した活躍では、小説でも有名な華岡青洲。
紀伊(和歌山県)の開業医で、世界で初めて麻酔手術を成功させています。
近江(滋賀県)の銃砲師だった国友籐兵衛は50代から、隠居の道楽として、
江戸で見た西洋の空気銃や天体望遠鏡など多くの発明品を作りました。
それらはモノマネを超えた精度や構造を持つ優れた物でした。
そして、自作の天体望遠鏡で世界に先駆けて
太陽の黒点の連続観察に成功しています。

289 :日出づる処の名無し[]03/01/02 09:20 ID:47iXFLlH
カムイ伝を読んでから、どうしても江戸時代に悪い印象を持ってしまう
自己保身、権力闘争に明け暮れる武士、金にしか興味のない商人、
搾取される農人、差別され虐げられる非人...

290 :日出づる処の名無し [sage]03/01/02 09:34 ID:o6SCdp07
>>289
それも江戸の一面には違いないだろうけどね。
でも武士は食わねど高楊枝、の言葉にもあるように、
江戸時代、裕福に暮らしていたのは農民で、
貧しかったのは一貫して武士たちだったというのも
江戸時代の真実でもある。官使がいつも懐に金を蓄えているとは限らない。
江戸の商人が何故嫌われたのか、と問えば
それは農民武士職人ら旧体制側のひがみ、というのが一面としてある。
商人は金を稼ぎ、新たな風俗の担い手でもあった。
絢爛豪華、江戸文化の中心を担ったのは商人たちに対する旧体制のバッシングは
現代にも通じるものがある。

291 : [sage]03/01/02 09:36 ID:ErADeONI
>289
確かアレを描いた漫画家ってアカ系の思想の持ち主じゃなかったっけ?

292 :生物系大学院生[]03/01/02 10:47 ID:2M9xEiwJ
俺は漫画を否定するアカ教師にあれだけは階級闘争の物語だから・・・
とすすめられたことがある。なんだかなあ・・・・・。
あの作者ならカムイ外伝とか、ナンチャラ忍法帳(題名はもう忘れたが
とにかく忍者もの)がよかった。
結構エロい表現が出てきて、親に隠れながら影でコソコソしつつ
読んでいた記憶がある

295 :日出づる処の名無し[]03/01/02 15:04 ID:NQiwKNnl
>>292
忍者武芸帳のことかな?
サスケもおもしろいよ。

296 :日出づる処の名無し[]03/01/02 15:45 ID:R1BYr+fo
学校の図書室にはカムイ伝があったな..
労組に関わってた知人の本だなには
岩波や有斐各やらの抑圧時代でしたという本ばかり
1970年代にはそんな評価がデカイ顔してた..

297 :日出づる処の名無し[]03/01/02 16:42 ID:bp8BiJj3
>>289
>>290さんがもう書いてるけど、別に江戸幕府開闢から明治時代が始まるまで
ずっと圧政があったわけじゃないしね。
っていうか、天下泰平にして何も無いような時代だったら漫画のネタに出来ん罠。

300 :日出づる処の名無し[]03/01/02 18:25 ID:xg5ebw/G
>>289
カムイ伝は左翼のバイブル。
読むならカムイ外伝嫁。

304 :江戸[sage]03/01/02 20:28 ID:VEYQbx7i
「江戸のまかない」 講談社/石川英輔
から少し引用。

p20-p21
二百数十年の長きにわたって飢饉と一揆と打ち壊しに明け暮れる
革命前夜状態が続いていたように思っていた江戸時代の日本が、
その大部分の期間を通じて平穏無事だという事実に驚いた。
・・・
江戸時代を通じてもっとも多かった天明年間の日本全国で、年平均二十六件だった。
しかも、むしろ旗を立てて城下に押し寄せる<強訴>というタイプはせいぜい三分の一程度で、
大部分は、逃散、不穏、愁訴などという消極的抵抗だ。
逃散は、この土地では暮らしていけないと思った農民がよその土地へ移転することで、
これをはたして一揆と呼ぶべきかどうか疑問に思うが、
逃散まで加えても、その程度の件数なのである。
・・・
西洋化した目で文献を読めば、こういう行動も立派な革命に見えるのかもしれないが、
どう考えても階級闘争というような性質の暴動からはほど遠く、
普通に米が買えるようになれば収まっている。

305 :江戸[sage]03/01/02 20:29 ID:VEYQbx7i
p42
プロシャ使節団のヴェルナー艦長は、絶対専制支配下の日本で、
個人が立憲的なヨーロッパの諸国家においてよりも
多くの権利をもっていた例として、次のような話を伝えている。
ヨーロッパ医学を教えるためオランダの軍医ポンペ博士が来日した時、
幕府は病院を建てようとしたが、病院に適した土地は貧しい農民の二反ばかりの畑だった。
長崎奉行は、地価と収穫高にふさわしい金額で買収しようと
したが、農民は拒絶した。奉行は買収価格を三倍にまで
引き上げたが、いくら金を積んでもいやだといって断られた。
しかし、当時は強制収用法がなかったので、幕府はあまり
病院に適していない別の土地を買収したというのだ。
これを専制というのなら、専制でない社会は地上にないだろう。

306 :江戸[sage]03/01/02 21:09 ID:VEYQbx7i
>>304
少し追加。

米が暴騰した時、貧しい庶民は確かに米屋を打ち壊して米を取ったが、
多くの人は、自分が正当な料金だと思うだけの
金を置いて帰っているそうだ。押し売りの逆で<押し買い>というらしい。

309 :日出づる処の名無し[sage]03/01/02 22:18 ID:Pa1dSPH1
>>305
あのさ、当時貨幣価値なんて今程ないし米が経済の価値基準だったんだから
農民が農地にこだわるのは当たり前の事でしょ。
武士の給料はその農民の作った米で支払われてたんだから、
そこ潰して病院なんか建てたら、自分達の給料が減るわけだし、
場所をうつしたのはその為だろう。

専制云々の基準を持ち込むにはちょっと例えの事例がズレてると思うんだがナ。

310 :江戸[sage]03/01/02 22:50 ID:ScKQg8MK
>>309
> 武士の給料はその農民の作った米で支払われてたんだから、
> そこ潰して病院なんか建てたら、自分達の給料が減るわけだし、
> 場所をうつしたのはその為だろう。

「畑」

311 :日出づる処の名無し[]03/01/02 23:26 ID:dfRaz5VC
>>309
市場原理>公権力
だったつうことだろ。

316 :日出づる処の名無し[]03/01/02 23:49 ID:d28Ns82d
>>309
> 武士の給料はその農民の作った米で支払われてたんだから、
> そこ潰して病院なんか建てたら、自分達の給料が減るわけだし、
> 場所をうつしたのはその為だろう。

もしそうなら、最初からそこに病院建てようなんて思わないだろ?

これがヨーロッパだったら強制収用しちゃうのに、
日本では地主の権利が守られていて、とても専制国家には思えないって話でしょ?

375 :日出づる処の名無し[sage]03/01/05 14:38 ID:x814SN7n
>>309
>武士の給料はその農民の作った米で支払われてたんだから

役人の俸禄は米を基準に決められたが、実際に米で支払われたわけではないだろう。
30石2人扶持の役人は30石の米をもらって帰ったというのか。
家老クラスなら数百石の米を受け取って家まで持ち帰ったと。
年の瀬が迫ると、上は家老から仲間・奴に至るまで
1000人を越える人々がお城に集まり、米俵を抱えてえっちらおっちら歩いてた図を
想像すると笑える。
そうして受け取った米を今度は米問屋まで運んで相場のプロ相手に
「俺の米を高く買え」と交渉してやっと現金化できたのだと?

何のために堂島に米相場が作られ、西国はもちろんのこと、
東国の大名までがそこに蔵屋敷を建て、
わざわざ大阪まで米を運んだと思ってるのだろうか。

まあそんなことより、農業国であろうが何であろうが
(近代以前は基本的にどこも農業国、漁業国や林業国などはない)通常独裁国家なら
平民の土地を強制収用するのは当たり前のことだろう。
現代でも北朝鮮などはそうだろうて。
中国のダムなんかも強制収容だ。さすがに買収費用は払ってるだろうが。
だが江戸時代の幕府は相場よりも高い金で買い取ろうとした、
なのに庶民はお上の要求を突っぱねることができたということが重要であり、
それが庶民の権利意識だと言ってるわけだ。

315 :日出づる処の名無し[]03/01/02 23:42 ID:w2alVnqa
日本は基地外国家

319 :日出づる処の名無し[]03/01/03 00:04 ID:QwJJAuqN
基地外というか、好き者(数奇者)、頓狂者、奇人、変人の類だと思われ。
あくまで西洋オーソドックスの視点で見た場合。

たとえば戦国時代の日本には、
当時の全ヨーロッパの総数をあわせた以上の銃器が存在した。
ところが、江戸期には銃器は廃れ、武器としては刀剣が主役に返り咲いてしまった。
「武器の退化」は西洋的観点からすればありうべからざることで、
この一例をとってみても、日本人は実にユニークな存在であったと言える。
日本人である俺らから見ても、どうも奇妙な民族ではあると思う。

320 :日出づる処の名無し[sage]03/01/03 00:38 ID:SIMWOpGO
>>306
> 多くの人は、自分が正当な料金だと思うだけの
> 金を置いて帰っているそうだ。押し売りの逆で<押し買い>というらしい。
日本人らしいなぁ(w

いつも外国で暴動がおきるたびに
「何で関係ないモノまで壊すんだろう?」と不思議なんだけど、
ソレも日本人が、くれいぢぃなまでにオトナシイ人種だからなのかな?

>>319
日本の刀狩りの成功もカナリキチガイじみた行動らしいね。
アメリカでも知的階級の人なんかは「刀狩りに倣って」と
銃規制をさせようとしているらしいけど、
民衆が理性的じゃないと無理なんじゃないかなぁ。>刀狩り

321 : [sage]03/01/03 06:28 ID:SaZqTR/Y
>>320
あからさまに反乱の芽を摘むためだと分かっていても、
お題目の「大仏を作るため」という尊い願いにわざと騙される、
っていう感覚が日本人らしいのでしょう

328 :日出づる処の名無し[]03/01/03 13:46 ID:tffw7Dja
>320
関係ない物まで壊したらもったいないじゃないですか!!(W

329 :日出づる処の名無し[sage]03/01/03 14:28 ID:jJAjGRPC
>>328 それだ!!

日本人って、「もったいないお化け」を信奉している面があるよね。
あと、マイナス面は抑えて、プラス面は多くとるようにする性格もあるかもしれない。
”せっかくだから”、”どうせだから”といって、
本来の機能以上のものをおまけにつけたりするでしょ?

330 :日出づる処の名無し[sage]03/01/03 14:47 ID:k64qwtz2
>>329
で、使えない機能が家電にボロボロくっつくw

332 :江戸[sage]03/01/03 17:09 ID:os3KypU0
【徹底】江戸時代日本vs現代韓国part2【比較】

食傷ぎみであまり行ってなかったんだけど。
ハン板にもこんなスレがあるんだ。

333 :日出づる処の名無し[]03/01/03 18:53 ID:rzZQL7OE
>>331
チョンと比べたくなる気持ちも分からんではないが、
当時の日本(江戸)が世界的にみて異常なんだって。w

植民地に頼らず、石油石炭の使用量は限りなくゼロに近く、
しかも、実質経済成長率もほとんどゼロ。
自然科学の根幹である数学だって、日本ではただの「遊び」の範疇だし。

当時のGNPと同じくらいの国って、現在でもいくらでもあると思うけど、
あれだけの独自文化を確立できる国なんて存在しない。

334 :日出づる処の名無し[sage]03/01/03 19:49 ID:MtlSjlL1
>>333
そうなると、ヤハリ「日本は既知外国家」という言葉は
ある意味肯定されてしまうワケですな(w

言葉に含まれる意味合いが540度くらい違うけどナー。

336 :日出づる処の名無し[rep2yd2]03/01/03 22:12 ID:SCR3YOEA
だいぶ前に読んだ雑学本に江戸のいろいろをくわしく解説したり図解した本があって、
そのなかに
 アメリカの司法制度の下で
 イギリスの・・・で
 フランスの料理を食べて
 ドイツの・・・・で
 江戸の町民として暮らしたい
というのがあった。(ちゃんと覚えてなくてゴメン。最後だけ確実)
江戸時代は封建社会だったにもかかわらず、
一般の町民は意外と自由度が高く、それ故に素晴らしい町民文化が
花開いたと、特に欧米で評価が高いようだ。

338 :日出づる処の名無し[sage]03/01/03 23:51 ID:KAraNrEY
>>336
イギリスの家にすんで
ドイツ人のメイドさんをやとって・・・

のような気がする。いや、自信はないのだがなんとなく・・・そんな気がする。
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コメント
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>>1358
ドイツ在住日本人女性が書いた本と思う。
「驕れる白人と闘うための日本近代史」
調べてみたが、たぶんこれだったはず
2009/03/10 11:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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歴史の授業で近代をやらないから、現代社会の授業がちんぷんかんぷんになるんだよね。
歴史と今がつながらない。で、結局社会&歴史嫌いになる。
近代史あっての現代史だろうと。
2009/03/05 03:10  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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本来は、自分たちの祖父母、曽祖父母辺りの時代なんだから一番とっつきやすくても良いくらいなのにね。>近代史
高校なんて、江戸時代以降を近現代史として独立した科目で教えても良いんじゃないかと思うんだけど。
2009/02/24 10:32  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>1423
高校で世界史も日本史も選択したけどひどかったわ
(県下3位の公立進学校でした)
理数クラスだったせいもあるんだけど日本史は1年間かけて室町~江戸中期までしか進まなかった
世界史は日本という単語をノートに書いた記憶がない むしろ西洋+中国史
しかも例によって試験に出る重要単語の丸暗記
教師に質問してもセンターで使わなければいいから適当で良いよ的な返答
自分で興味を持って調べないと近代史が全く分からないまま義務教育(+高校)が終わってしまうのはおかしいよね
これじゃある意味ウリナラファンタジーを笑えない
2009/02/23 22:09  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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>1421
同意
世界史なんか近代日本がほとんど問題にでない。近代中国、ソ連の崩壊、アメリカ・ヨーロッパの情勢、世界規模の条約・連盟などが主だから近代日本にはほとんど勉強時間を割かない

ネットで某国の様々な問題を見てから図書館に本を借りに行って自分が自国の歴史にどれほど疎いか思い知ったわ
今はネットで面白そうな本を見つけてちょくちょく借りに行ってます


日本史は選択してないからどうなのかはしらないが
2009/02/23 10:43  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>1382

※1379は、>近代史はしょり過ぎてるのが教育が崩壊した理由だと思う。
が言いたかったんじゃないの?

学校の歴史教育に関しては、指導要領とかがおかしいんじゃないかと思う。。。
縄文とかの頃を長くやって、江戸以降は駆け足、昭和なんて授業で教わった記憶がない。そんな中、テレビで侵略がどうのと繰り返されたらそりゃ自虐的にもなるわな。
2009/02/23 10:01  | URL | #iqcMLOeU[ 編集] |  ▲ top

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>1379
 昔習った歴史は、その当時の定説。研究が進めば、定説が変化するのは、科学の世界も歴史の世界も変わりない。
 もっと昔の歴史の学習では、縄文文化は北日本中心で、弥生文化は関東&西日本中心で、稲作は弥生文化だけの特徴で、進歩的だから、北日本は文化的に遅れてると、堂々と教科書に載ってた。
 今では、縄文時代も稲作を行っていたし、大規模な集落があったことも分かっているけれど、だからと言って「間違いを教えられた」とは言えないだろう。それが、当時の歴史学者の統一見解だったんだから。
2009/02/22 15:53  | URL | #UwJ9cKX2[ 編集] |  ▲ top

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>>戦乱の世が延々と続けば、人も荒みますよね。

荒れた世だからこそ良いものを求める、ってここで誰かが言ってたよ
2009/02/22 01:22  | URL |   #-[ 編集] |  ▲ top

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昔習った歴史ってなんだったんだろう。
江戸時代って飢餓や疫病、一揆ってイメージだった。
近代史はしょり過ぎてるのが教育が崩壊した理由だと思う。
歴史教育重要だよ。日教組に毒される前に子供に教えなきゃ。
2009/02/21 20:43  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ウサギ小屋は欧州共同体のある委員会の報告書の中にcage a lapinsと書かれていたのが元で
cage a lapins(仏)→rabbit hutches(英)→ウサギ小屋と訳されちゃった訳だが
※1353の言うとおりcage a lapinsは慣用句で「画一的な狭いアパルトマンの多くから成る建物」と言う意味でしかなく訳者がまず仏→英で誤訳してしまい、それを日本人記者が「ウサギ小屋に住む働き中毒」と報道してしまい、それが日本国内に広まったってのが真相らしい。

多分同じ本だと思うが今手元にあるよ。「エコノミック・アニマルは褒め言葉だった ー 誤解と誤訳の近現代史」って本。
2009/02/21 18:19  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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1371
小泉さんは早かっただろ、災害の規模が段違いだったが
麻生さんも災害は災害でも経済における災害だったが金融危機に対しては手早く仕事してるぞ
マスゴミは全く報じてなくてニコニコ動画の纏め見れば分かる
2009/02/21 15:47  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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戦乱の世が延々と続けば、人も荒みますよね。

何が日本人を変えたんだろう?
2009/02/21 12:14  | URL | Sky. #-[ 編集] |  ▲ top

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まぁ、室町・戦国時代までは、公への帰属意識が薄く、他人を出し抜く事が美徳みたいな、中国みたいな国民性だったという話もあるが…。
2009/02/21 05:24  | URL |   #Ock1GnUU[ 編集] |  ▲ top

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ライフラインを金儲けの道具にすんな
って事でしょ
2009/02/21 04:24  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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千葉で昔起きた一揆の絵巻(というのかな)をテレビで見たことがある。絵の中には一揆を行う上での掟を書いた立て札があったんだけど、そこには1、鉄砲は使うな。2、放火はするな。3、盗むな だったと思う。一揆の代表者は役人と交渉しているんだけど、驚いたのは、掟にそむいて盗みを働いた子供を一揆の仲間が生き埋めにしようし、それを傍らで哀願している母親の絵だった。サッカーの試合で負けたからといって、放火や窃盗などの暴動を起こす国もあるっていうのに、何なの日本って♪
2009/02/21 01:24  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ズレたレスして集中砲火を受ける309の人気に嫉妬

阪神淡路大震災というと、時の政権と知事の対応が真っ先に思い浮かび、やるせなくなる。次に災害が来たら初動はどうなるのかと。
2009/02/21 01:06  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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あ、黄門様でみたおぼえがある。
農民が土地を捨てて隣へにげだしたりすると、
そこの藩主(管理者)が能力不足だってことになって幕府から罰せられるんだと。

治水事業が江戸期に盛んだったのはそういうのも込みか・・・
無論自国領の石高があがれば経済的に潤うのだから先行投資でもあるわけだが。
2009/02/21 00:42  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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軍事政権のはずが何時の間にか文民政権になってしまったのが面白いよね
2009/02/21 00:00  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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海外の領主は貴族だから武力とは主を守るもので、日本は武士が土地を治めるから武力は農民(と農地)を守るもの。
だから下剋上も武士間のみで、階級を超えた上下関係はそこまで悪化しなかったんじゃないか。
と勝手に思っている。
2009/02/20 19:51  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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そういや、「一揆」て、もともとは「一党」「一派」「一味」ぐらいの意味だったらしいね

団結して、条件改善を要求する・・・・・・革命や暴動というよりも、労働争議、と言った方がしっくりきますね
2009/02/20 18:26  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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一揆も、作法があったらしいのには
驚いた。
要望をだして、改善されないと上申して、3~4回書面で「こうこう、こうなので、今年は税を~」理詰めで16個とか要望を出し、それでも改善されないと一揆になる…どうみても暴動っていうより春の賃上げ…

要望が一個も通らない=敗北したとすると、江戸時代数回くらいしか農民側は負けてないらしい。もちろん処分は下されるので命かかってるが。

なお、一番まったく意見が通らない、
一番ヒドイ城だと、農民がすべて隣の領地に逃げて隣の城に治めてくれと
おしかけたらしい。自分ちの城を襲うんじゃなくて支配者側が見捨てられるんだな。なお、

役人は激しく憎むけど、
城主は敬愛していて、
誕生日にお祝いしてた一揆が
あったらしい。

2009/02/20 18:12  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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そういや、阪神淡路大震災のとき、被災した方々の秩序立った行動に海外マスコミは大変におどろいたそうな。
日本だと、
大規模災害発生 → 復旧支援のため(丸腰の)自衛隊出動
だが、海外だと
大規模災害発生 → 暴動鎮圧のため(武装した)軍隊出動
となることも多いそうな。
 ・・・まぁ、あの時の神戸も、一部では一時期治安が悪化したことも事実だが。
2009/02/20 17:42  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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日本って、基本的に、政府と国民が、そこそこ仲良くやっていた国のような気がしますね。

下が上を、それほど憎んでいた様子がない。
上も下を、わりと慮っていた。

政府と国民が協調している国は強いです。
そして、このバランスが崩れると共倒れになってしまう。


打ちこわしの後で代金を払って立ち去ったというのは、もし本当なら凄い話だな~。
俺達は賊にはならない!という意志が見えて、清々しいです。
2009/02/20 17:31  | URL | Sky. #-[ 編集] |  ▲ top

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ただといわれても気が引けるんだな。皆苦しい時だし、困っているのはお店の人も変わらない。お互い持ちつ持たれつ融通しあい、お店の人の申し出に感謝し、皆の律儀さに感謝し、そんな互いが居るその場所を早く安心できるいつもの場所に戻していこう、という気持ちへと繋がるんだな。すごいよ。
海外でそういう場合、すぐ暴動が起きたりするほうが意味が分からんわ…。映画で暴動シーンをバカだ~と思っていたが、実際そうなると知った時は、うわぁ本当に馬鹿なんだ~…と呆れた。何故こうも違うもんなんだか。
2009/02/20 12:02  | URL |     #-[ 編集] |  ▲ top

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一揆の押し買いじゃないけど
1995年の阪神淡路の震災の時に
ある酒屋が出入り自由にして無人状態にしていた
店主は大変な時だから勝手に持っていってくれればいいよ、のつもりだったらしい
ところが、みんな商品を持ち出す時にレジの横にあった計算機で計算してお金を置いていっていた
外国だったら持ち出しだけなんだろうな
2009/02/20 11:25  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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江戸時代の一揆の数については、革命も反抗もなく封建的支配に諾々と従っていたなんて、西洋の人間から日本が馬鹿にされるから反乱と呼べないようなものも含めて数え上げ、ほら日本人もこんなに自由を求めて闘ってきた!みたいに言ったという記述をどこかで目にしたことがあるんだが、どなたか詳しくご存知の方はいらっしゃらないだろうか。
何の本だったっけなー。。。
2009/02/20 10:27  | URL | #iqcMLOeU[ 編集] |  ▲ top

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仏教が普及して肉食が禁忌になったと言うのも間違いだよ。日本で最も信者が多い浄土真宗では初期の段階から狩猟を奨励し肉食を認めていたほどだからね。現在でも地域ごとに特徴がある味噌が作られているけど、山間部では味や香りが強い味噌が好まれ海岸部では味や香りが薄い味噌が好まれる傾向がある。これは山間部では肉食の嗜好が強く、海岸部では魚食の嗜好が強かったからだと言う説もある。
2009/02/20 08:52  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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メイドは日本人がイイナ。
2009/02/20 08:22  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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エコノミックアニマルとウサギ小屋は褒め言葉として使ったのに
マスゴミ、つーか朝日がわざと翻訳した時私情を突っ込んで叩きに使った
2009/02/20 06:07  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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肉食が好まれなかったのは処理や保存技術の関係で肉がすげえ臭かったからとかいう話しも
2009/02/20 05:40  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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※1344
確かフランス語でアパートを意味する熟語だったのを、間に英訳して更に和訳した為に起きたトンデモとか何とかと本で読んだな。
ついでで言えば、エコノミックアニマルなんかもチャーチルがポリティカルアニマルて言われるように、その分野で秀でた(まぁ他はとかく)という意味らしく。
だから英語圏(特に英国)からは「何で嫌がるのかねー?誉め言葉だろうに」な反応がくるとか
その本いわく、野蛮な動物て言いたいならビーストを使うだろー、とのこと。
まとめると、これらは言語の無知が祟ったうっかり報道のおかげ、と。
2009/02/20 04:06  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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02年のスレでは荒らしに脊髄反射してしまってるレスもあったのに
今回の03年のスレでは、それをキッカケにして普通に話を広げてしまう場面も。
嫌日荒らしへの対処の進歩の歴史を見てるようだw
2009/02/20 02:59  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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江戸時代は本当エコで普段の生活がリサイクルだったんだよね意識せずに。
人からいらないクズを買い取るクズ屋さんなんてあったくらいだから。
江戸時代に日本に来た外人さん(どこの国の人かは忘れた)があまりにも町が綺麗でゴミがないからびっくりしたらしい。
2009/02/20 01:40  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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和算おもしろいよ和算。
学校で習ったようなユークリッド幾何学を使わずに図形問題を解くとか
脳みそ爆発しそうになります。
でもね、結局パズルなんですよ、数学なんて。いまの数学が小難しく考えすぎなだけ。

そういやあ昔話で殿様から褒美を貰うのに、初日は1文次の日はその倍、その次の日はまたその倍・・・で一ヶ月くれっていうトンチ者がいたな。
袋一杯の米をくれっていいつつ、蔵を包めるほどの袋作ったりw

なんにしろ江戸期の平和な200余年ってのは世界的にもすごいことだったんだなぁ
2009/02/20 01:29  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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元ネタを知られたくないのがパクリで、元ネタを知って欲しいのがパロディーだと聞いたことがある。
この言説でいけば、模倣は元ネタを知って欲しいものなのでパクリではないと思うよ。

※1343
「これ薬だから!四つ足かもしれないけど非常事態だからいいの!」とか言って食べたらしいなw
馬肉を桜、猪肉を牡丹などと称するのは、「これ動物じゃないから!植物だから!」と言い訳して食べたからという説を聞いたことがある。
2009/02/20 01:15  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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日本の識字率の高さは有名だよね。
本文読んで、戦後GHQが日本語を廃止してローマ字(ゆくゆくは英語)を普及させようとしたら、日本側から猛抗議を受けたもんだから、こんな複雑奇怪な言語を使ってるから文盲で知恵の無いの国民が多いんだと押しきるために、日本人にランダムに国語のテストを受けさせたら、平均点80点超えというアメリカではあり得ない高得点で、ならばとばかりに東北の農村部の、それも高齢者に難解な漢字のテストをさせたのに、それですら当時のアメリカの識字率の上回り、逆に恥をかかせた。って話を思い出したわ。
2009/02/19 23:58  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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ようやく2003年の正月か。
2009/02/19 23:21  | URL | #SqOhHFJQ[ 編集] |  ▲ top

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「オラー!米を売れー!!」(金を投げつけながら)

江戸少年「なにこの問題、たのしー!」
大学生「わからん」

「銃強い」
「でもイラネ」

なんて民族だ、意味わからんw
2009/02/19 22:29  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>>1336
おぉ、なるほどね
ウサギ小屋って確か誤訳だよね?
2009/02/19 22:28  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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まあ仏教徒が多かった時代で、四つ足の獣は駄目羽の生えたやつOKっつわれたから兎を意地で食用に食い込ませたのは有名でしょう。
その流れにのって、他も言い訳つけて食べてたらしいと聞いたような。
犬がまさにそれで、花街辺りで若旦那が精力つける為に犬鍋くってるっつー風刺川柳があったはず。
2009/02/19 22:01  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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けど、無人販売にお金を入れるよねw現在もw私入れるわw

つくづく日本と日本人は不思議で面白いなぁ。なんなんだろうこの引き篭もり国家はw
2009/02/19 21:22  | URL |     #-[ 編集] |  ▲ top

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あれ?現代より礼儀がなってんじゃね?
金置いてくってw
2009/02/19 20:55  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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自分が知ってるのは
天国→米国の給料、中国の料理人、英国の家、日本の妻
地獄→国を左にずらす
だ。
色々あるんだなぁ。
2009/02/19 19:43  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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「江戸時代には何回も飢饉が起きて多くの貧しい庶民が餓死した。」&「日本では肉食が禁忌とされ肉食は普及しなかった」 学生時代にはこの二つの定説(?)を聞いて「餓死するほどの状況で野生動物や犬猫を食べないことがあるのだろうか?」と疑問に思ったことがある。最近の動物考古学の進歩により、戦国時代から江戸時代中期にかけて貧しい庶民が利用していた共同ゴミ捨て場の発掘調査の成果から牛や馬や鹿や豚や犬の骨が大量に出土し、それらの骨には調理痕が確認されていることを知った。
2009/02/19 19:40  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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押し買いワラタ
らしいなぁw
2009/02/19 18:53  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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*1335
この世の天国「アメリカの家、イギリスの警察、フランスのシェフ、スイスの銀行員、ドイツの技術者、イタリアの恋人、日本の妻」
この世の地獄「アメリカの妻、イギリスのシェフ、フランスの技術者、スイスの恋人、ドイツの警察、イタリアの銀行員、日本の家」だと思う
2つのエスニックジョークがくっついちゃってアメリカの家(給与)と日本の家(ウサギ小屋)がねじれてる
アメリカと日本は入れない方が通じやすい
2009/02/19 18:06  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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なんか日本人可愛いなwwww
皆でワイワイやってたのとか想像すると和む(*´∀`*)
2009/02/19 17:59  | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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西洋の家ってのが分からないけど、「アメリカの家(給料)、イギリスの警察、フランスのシェフ、スイスの銀行員、ドイツの技術者、イタリアの恋人」は聞いたことある。
ちなみに「日本人の妻」が入るバージョンもあるけど、結構あやふやじゃない?
2009/02/19 17:46  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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まあしかし現在の目で昔の2chを見るとキツいものがあるわ
西洋の家に住み…を知らないとか、文体とか
2009/02/19 17:34  | URL | a #-[ 編集] |  ▲ top

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1ゲット!
2009/02/19 17:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top


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