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武士道とオウム真理教は同類項?(part20スレ)
- 2009/11/10(Tue) -
864:日出づる処の名無し:04/01/25 15:17 ID:rcf5Vzk5
騎士道が、単なる浮気の礼儀作法と物語の中の空想に過ぎないのに似て、
武士道なんてものは、元々日本にはないのだよ。あるとすれば、第二次世界大戦時の
盲目的な大衆か、オウム真理教ぐらいか? ま、こんなものは、百害あって一利なし。

865 :日出づる処の名無し:04/01/25 15:31 ID:XnidKT/1
>>864
まぁお前が新渡戸稲造より見所の有る人間なら信じてやっても良いよ。
結論は出てるけどな(プゲラ

866 :864:04/01/25 15:37 ID:rcf5Vzk5
では聞くが、武士道の本質とは何? 歴史上、具体的にどこに発揮されてるの?
それはどう日本人にとって有益なものなのかね? 結論が出てるなら、教えてくれ。

868 :日出づる処の名無し:04/01/25 15:49 ID:aGyxF+DO
>>866
「武士道」については、「葉隠」にせよ、新渡戸稲造の「武士道」にせよ
WWII以前から詳しい解説があるじゃん。
日露戦争で日露の仲介役を果たした当時の米国大統領ルーズベルトは、
新渡戸稲造の「武士道」に感激したのが、親日的な立場にたつように
なったひとつの理由じゃなかったっけ?

江戸時代以降、「武士道」は少々薄汚れてしまったかもしれないが、
武士という階層が未だ明確ではなかった戦国時代に、
死と隣り合わせの生活の中で日々の生き方を突き詰めていった生き方が「武士道」であり
時代の具体的な要請から生まれた実態のある生き方、身の処し方集だろう

869 :864:04/01/25 16:18 ID:rcf5Vzk5
>>868
で、君はその二書を読んだのかね? 
常朝のいう「武士道」なんつーものが、戦国時代の具体的にどこに
発揮されているのかね? んで、これが現代日本人にとってどう有益なのかね?
私には、第二次世界大戦の盲目的大衆とオウム真理教ぐらいしか
思い浮かばず、何の益も想像できないんだが?

870 :Niur ◆jjkdNiurZE :04/01/25 16:23 ID:ESA2jzXB
>>864
>騎士道が、単なる浮気の礼儀作法と物語の中の空想に過ぎない
フランス人には縊られそうな主張ですな。
マルローなんかは騎士道との比較で武士道を論じてたりする。

過去スレで既出なので二回張るのも気が引けるのだがソース。

>フランスの騎士道がせいぜい『ギョームの歌』1099年から聖王ルイの死んだ
>1270年のあいだの、たった180年くらいであったのに対し
>(この見積もりもかなり甘くみたものらしいが)、
>日本の武士道は鎌倉から江戸後期まで続いたということを加え、
>その持続力にこそもっと着目するべきだというのである。
>さすがにベルグソンの国の文化人の発言らしかった。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0392.html
かのドン・キホーテも騎士道物語に傾倒した老人を面白おかしく描写した物で、
騎士道自体を、単なる浮気の礼儀作法と断じた訳では決してないかと。

872 :日出づる処の名無し:04/01/25 16:36 ID:SCMhw3cV
武士道の本質は名誉と恥だろ。これは表裏一体。
名誉と恥の概念はどこにでもある普遍的なものだし。

戦国時代は名誉が家を繁栄させた。戦国時代の功名で
江戸時代以降も家が続いたところも多い。

873 :日出づる処の名無し:04/01/25 16:37 ID:aGyxF+DO
>>869
「葉隠」って、今で言うノウハウ本的なところがあって、
現在では、サラリーマンの宮仕えの知恵に通じるところがあるよ。
(葉隠の中のお殿様を上司、会社に読み替えればいい)
一度、目を通してみれば分かると思うけど。

「武士といふは、死ぬ事と見付けたり」とのまがまがしい有名な台詞も
「サラリーマンとは、首になる事と見つけたり」と読み替えてみれば
現在のサラリーマン道にもよく通じるよ(w

「武士といふは、死ぬ事と見付けたり」
武士道の本質は、死ぬ事だと知った。
つまり生きるか死ぬかのうち、いずれを取るかと言えば、
早く死ぬ方を選ぶということに過ぎない。これといって面倒なことは無いのだ。
腹を据えて、余計なことは考えず、邁進するだけである。
「事を貫徹しないうちに死ねば犬死だ」等と言うのは、
せいぜい上方風の思い上がった打算的武士道といえる。
とにかく、二者選択を迫られたとき、
絶対に正しい方を選ぶということは、大変難しい。
人は誰でも、死ぬよりは生きる方が良いに決まっている。
となれば、多かれ少なかれ、生きる方に理屈が多くつくことになるのは当然のことだ。
生きる方を選んだとして、それがもし失敗に終わって、なお生きているとすれば、
腰抜けと誹られるだけだろう。このへんが大変難しいところだ。
ところが、死を選んでさえいれば、事を仕損じて死んだとしても、
それは犬死、気違いだと誹られようと、恥にはならない。
これが、つまりは武士道の本質なのだ。とにかく、武士道を極める為には、
朝夕繰り返し死を覚悟することが必要なのである。
常に死を覚悟しているときには、武士道が自分のものとなり、
一生誤りなく御奉公し尽くすことが出来ようというものだ。

874 :日出づる処の名無し:04/01/25 16:39 ID:SCMhw3cV
>>869
大体、武士道からどうやって盲目的大衆やオウムが思い浮かぶんだ?
恥知らずってのは武士道的に駄目なのに、オウムは恥知らずな無差別テロをやってるし、
盲目的大衆は武士道に関係なく、その当時の情勢に流されただけだろ。
そういったことは古今東西どこにでもあることだぞ。
ナチに踊らされた民衆は武士道精神にあふれていたのか?

875 :日出づる処の名無し:04/01/25 16:42 ID:473elVS7
まあ、武士道を知らないで、武士道の影響なんて語れないわけで。
ID:rcf5Vzk5君は、武士道にケチをつけるのは、余りにも知識と知性に乏しいとしか思われない。

876 :日出づる処の名無し:04/01/25 16:50 ID:pA7z7KzS
ま、武士道の本質が何かというのは確かに難しい
いわゆる武士道と言われて思い浮かぶものの中には平和になった江戸時代につくられた
「スローガン」的なものもあるわけで

しかし、「質素倹約を旨とする」(権力側であるにもかかわらず)
というのが基調であることは間違いない
これがいかに日本にとって有益だったか、説明の必要はないと思う

ついでに(名前は忘れたが)アメリカの研究者が、もし19世紀に生まれるなら
金持ちであるならイギリスに・労働者階級なら日本がいい、と言ったという

もし武士道精神などなく、
民衆から厳しく収奪しまくるばかりの権力者だったらこんなセリフはなかっただろう

877 :日出づる処の名無し:04/01/25 17:00 ID:SCMhw3cV
>>876
質素倹約することは無駄なことをせずに蓄えて有事にそなえたりするためじゃねーの?

それと侍階級の元はその地に根付いる土豪とかで貴族じゃなく、
支配側と支配される側が近かったためじゃないか。
後は中国等の思想の影響もあると思うけど。

878 :864:04/01/25 17:07 ID:rcf5Vzk5
>>870
マルローなんて、フランス文化のスポークスマンの文化論は、額面どおりに
受け取ってもバカをみるだけ。彼は来日時に、「本当に洗練した文化は、
ヨーロッパの一部と極東にしか存在しない」、なんていうような発言も
しているのだ。前者は本音、後者はリップサービス。

>かのドン・キホーテ

騎士道を論じるなら、「ドン・キホーテ」やら「狂えるオルランド」のような、
完全に騎士の時代から隔たった時代の文学を問題にしても意味はないね。
中世盛期の具体的にどのあたりに、所謂 Courtly Love 以外の騎士道
なるものが存在したのか、教えてたもれ。それと、鎌倉時代から、
江戸時代後期(!)まで続いたという、具体的な武士道の例も挙げてくれ。
赤穂浪士のような私怨以外に、見出せるとは想像もできん。

>>872
>武士道の本質は名誉と恥
>どこにでもある普遍的なもの

普遍的なものなら、わざわざ仰々しく「武士道」などと言って、武士に
限定することもないし、また日本の一思想を特化する必要はあるまい。

>>873
>サラリーマンの宮仕えの知恵に通じるところがあるよ。

それなら単なる処世術であって、わざわざ「道」などとつける必要もないし、
また特に、現代の日本人の精神的基板として復活させる必要もないではないか。
君の言う「道」は、上司のご機嫌とリぐらいの意味しかないのかね?
(因みに、荻生徂徠なんかは、何でもかでも「道」とかつけてんじゃねーよ、
「芸」のくせに」と言っている)

879 :Niur ◆jjkdNiurZE :04/01/25 17:20 ID:ESA2jzXB
>>878
おだてに適当に乗れないのは野暮ちんだと思うけどね。
ところで、中世盛期とは何世紀頃を想定?

>鎌倉時代から、江戸時代後期(!)まで続いたという

こりゃ漏れの論じゃないよ。騎士道と武士道を並べて論じる論が
あるという例の中でマルローがそう言ってるんだ罠。
実際司馬遼太郎なんかは違うだろ。

882 :864:04/01/25 17:23 ID:rcf5Vzk5
>>881
12、13世紀。

880 :864:04/01/25 17:20 ID:rcf5Vzk5
>>874
はて、「葉隠」によれば、主人のためなら、それが間違っていようがいまいが、
とことん従えということを言っているが? ここにおける絶対的基準は
「正義」でも「真実」でも、「神」でも「愛」でもなく、ただ目の前にいる主人なのだ。

第二次世界大戦において、殆どの大衆は、共同体を超える絶対的判断基準をもたず、
軍部のに絶対的忠誠をおいたのだ。オウムもその基準は、
仏にはなく麻原にあったことは言うまでもなく、例えば終身刑になった
何とかっつー男は、麻原があくだと知りながら、これに絶対的に服従した。
仮に彼らが、共同体を超える原理、例えば「真の義とは何か?」と少しでも
考えたなら、拡張主義やらサリン散布を命ずる上層に、盲目的に従っただろうか?

>>875
>まあ、武士道を知らないで、武士道の影響なんて語れないわけで
では、「武士道」と「武士道の影響」を”具体的に”語ってみてくれ。
逃げんなよ?

884 :Niur ◆jjkdNiurZE :04/01/25 17:29 ID:ESA2jzXB
879つづき。ちなみに司馬は
戦国の武士道と江戸の武士道は違うと述べてた気が。
確か戦国の武士道は実利的、非常にプラクティカルな物だと。
ベースが論功行賞にあるような。ソースは忘れたけど。

一方で司馬は武士道というと江戸末期の蒸留された
教養人の思想を連想すると述べていたと思うし
この武士道について次の様な事を書いている。

>「ではサムライとは何か、と問われれば、自律心である、
>ひとたびイエスといった以上は命がけでその言葉をまもる、
>自分の名誉を命を賭けてまもる、敵に対する情け、
>さらには私心をもたない、また私に奉ぜず、公に奉じる、
>ということでありましょう。
>それ以外に、世界に自分自身を説明することはなかったのです。
>そしてそれは、立派な説明でもありました。

とすると、戦国の物でも江戸の物でも
オウム真理教は、まず連想しないんちゃう?
オウムのどこに敵に対する情けがあったのだろう?
漏れはオウムの教義に詳しくないので教えてくれ。

889 :日出づる処の名無し:04/01/25 17:37 ID:SCMhw3cV
>>878
どこにでも存在するものをあらためて一つのものにしたのもの。
どこにでも存在するけど、ここまで一つに凝縮したものが無かった。

>>880
>第二次世界大戦において、殆どの大衆は、共同体を超える絶対的判断基準
>をもたず、軍部のに絶対的忠誠をおいたのだ。
軍部は天皇という存在と国家の危機を利用してまとめていただけにすぎない。
大体、現在でも国家等の共同体は多くの人間とって明確な判断基準だ。

それと葉隠が絶対的な武士道ってわけじゃない。
死をとして君主を諫めるのもまた武士道。
もし、オウムが戦国時代にあって同じ様なことをしても鬼畜扱いされるだけだぞ。
オウムってだけで他家に仕えることもかなわなくなる。

894 :日出づる処の名無し:04/01/25 17:44 ID:tAG/PV5x
武士道=オウム?
こりゃ真性だ。

896 :日出づる処の名無し:04/01/25 17:47 ID:SCMhw3cV
武士道は体制側に利用されやすいものではあるが、
それはまた武士道の一面だけを使っているにすぎない。
一部だけをもって批判するなら、どんなことも批判できるよ。

897 :日出づる処の名無し:04/01/25 17:51 ID:ZdqC6XSn
押込(暗愚な藩主を家老が幽閉すること)なんかもあるし、
武士道=主人への絶対服従
ではないのだが。

>どうも、武士道というのは、流布しているイメージと違いますね。たとえば『葉隠』には
>「武士道とは死ぬことと見つけたり」とあって、絶対服従と思えますが。

>山本常明の『葉隠』はたしかにそう述べていますが、もう少し先まで読めば、「納得のいか
>ないことには、いくらでも主君に諫言すべきだ」とあるのです。イエスマンは全く武士では
>ないのです。人間は弱いものだから、そのままでは生き延びることだけを考えてしまう。
>武士はそれではいけない。死を覚悟して生に恋々としない境地にいれば、自由な気持ち
>で自己の務めをまっとうできるという意味なのです。
(※リンク先消滅)

オウムでいえば、「イヤと言ったら自分が殺されると思った」と供述していた被告がいたが、
それはただ生に恋々としていたのであって、死を恐れず教祖に諫言するのが武士道だろう。

898 :日出づる処の名無し:04/01/25 18:00 ID:aGyxF+DO
>>878
>それなら単なる処世術であって、わざわざ「道」などとつける必要もないし、
(遅レスになってしまったが、、、)
例えとして、会社を例に挙げたのが悪かったのかもしれんが、
お殿様の替わりに社会でも、隣人でもいいんじゃないだろうか? 

例えば、新大久保駅でホームから線路に落ちた人を救おうとして
跳ねられてしまった日韓の人たちの例ではどうだろうか?

問題は、「正義」を正しく判断した後、その「正義」をどのように実行していく
かの考え方に「武士道」のエッセンスがあるんじゃないの?

確かに葉隠の場合には、お殿様を選択する余地のない時代に書かれているせいか、
「盲目的」ともとれる身の処し方も描かれているけど、
それもあくまでも仕える相手を正しいと選んだあとの話、
相手を「正」か「悪」の判断をした後の話と理解すべきじゃないの?

899 :864:04/01/25 18:19 ID:rcf5Vzk5
>>889
「名誉と恥」程度の倫理的基準は、別に「武士道」を待つまでもない。
(もっとも「武士道」のエッセンスが、「名誉と恥」にあるとは初耳だがな)
たとえば、ホイジンガの「中世の秋」には、殆どバカとしか思えないほど
「名誉と恥」を気にする中世人の姿がかかれている。

>死をとして君主を諫めるのもまた武士道。
諌死ほど馬鹿げたものもないな。
前に、オーストラリアで下着のファッション・ショーの反対し自殺した男がいるが、
それで我々が何か考えたか? バカな男だ、としか思わなかったな。
生きていりゃ、他にいくらでも説得・反対・抵抗する手段があるだろうに。
こんなものが武士道であるなら、よっぽど現代には不必要なものだ。

>>896
>一部だけをもって批判するなら、どんなことも批判できるよ。
一部ではなく、全体を批判しているんだが。

>>897
>納得のいかないことには、いくらでも主君に諫言すべきだ
「葉隠」は別の箇所で、しかし、それでも説得に従わないならば、
主人の味方につけ、といっているのだが、
どうやらその箇所をこの作者は読んでいないようだな。
いちいち再読している暇はないので、百科事典の記述で失礼するが、
「これに対して武士道では,諫言をいれないときにも、
いよいよ主君の味方となり、主君の悪が外部にもれないようにし。
主君の悪を己にひきかぶりつつ諫言をつづけるべきであるという。
武士道において主君あるいは主家との契りは情的であり絶対的である」
(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved

900 :864:04/01/25 18:21 ID:rcf5Vzk5
>>898
>「正義」を正しく判断した後、その「正義」をどのように実行していく
残念ながら、「葉隠」という著書は、そういった倫理問題には殆ど無関心なのだ。
同様に、「武士道」は善や義を語らず、くだらない身の構えに
終止している印象があるな。こんなものを現代人に吹き込んで、
どうしようとしているのか謎でしかない。

902 :Niur ◆jjkdNiurZE :04/01/25 18:28 ID:ESA2jzXB
ところで、
>騎士道が、浮気の礼儀作法と物語の中の空想に過ぎない(>>864)
というのが漏れは妙だと思った訳で
実際、大辞林によると

>騎士道
>
>中世ヨーロッパの騎士階級の精神的規範。
>キリスト教および団結精神の影響下に発達、敬神・忠誠・武勇・礼節・名誉、
>および婦人への奉仕などの徳を理想とした。
>「―精神」
とあり、浮気が主眼だったのでは無いのではないか。
キリスト教への信仰は中世人にとって重大な現実だったろう。

だから、
>具体的にどのあたりに、所謂 Courtly Love 以外の騎士道
>なるものが存在(>>878)
と尋ねてきているが、そもそも騎士道の定義が誤ってるのではないか。

ただ、検索した範囲では史実を題材にフィクション化し(忠臣蔵みたいなもんだ)
11世紀末以降成立した騎士道物語や武勲詩は
名前の通り戦いや武勇・君臣の関係がテーマになっており
恋愛や冒険がテーマの宮廷風物語とは、随分味付けが違うらしい。

905 :日出づる処の名無し:04/01/25 18:34 ID:473elVS7
>第二次世界大戦において、殆どの大衆は、共同体を超える絶対的判断基準をもたず、
>軍部のに絶対的忠誠をおいたのだ。
>オウムもその基準は、仏にはなく麻原にあったことは言うまでもなく、
>例えば終身刑になった何とかっつー男は、麻原があくだと知りながら、これに絶対的に服従した。
>仮に彼らが、共同体を超える原理、例えば「真の義とは何か?」と
>少しでも考えたなら、拡張主義やらサリン散布を命ずる上層に、盲目的に従っただろうか?
ファシズム国家や共産主義も武士道を信奉してたの?
お話にならないね。

906 :日出づる処の名無し:04/01/25 18:37 ID:473elVS7
それ以前に、オウムの信者達が武士道を知ってたのかよ?w
お前みたいな武士道の影響云々を主張してる奴でさえ、武士道が分かって無いのに、
オウムの信者が葉隠れや新渡戸稲造を呼んで、武士道の思想に傾倒してたなんて
思えませんな~w

907 :864:04/01/25 18:38 ID:rcf5Vzk5
所詮「サムライ」の(司馬的)理想を言ったものに過ぎない。
これをすべて遵守している「サムライ」なる階級が、
何時・どこで実在したのか、是非教えてほしいものだ。

また、「さらには私心をもたない、また私に奉ぜず、公に奉じる」というのは、
全体主義を臭わせ(まあ、幕府という軍事政権の行政官の心構え
なんだから当たり前だが)、まあ、まさしく第二次大戦とオウムのためにあるような心得だが、
この信条が、現代日本でどのような意味を もちえるのか、問いたいところだ。
ちなみに、日本国憲法は、自由主義に最大の重きをおいている。
この倫理を国家が強いれば違憲ということになろう。

909 :日出づる処の名無し:04/01/25 18:43 ID:pA7z7KzS
だから、江戸時代の武士道観念なんてスローガンみたいなものなんだってば
むろん全部が全部そうではないにしても
葉隠を真に受けて武士道は何たらかんたら言うのは・・・

「主君への忠義」が強調されるのも、現実にはそうではないからこそ言われるわけ
主君への絶対的な忠誠が常識なら、わざわざ書いたりしない

910 :Niur ◆jjkdNiurZE :04/01/25 18:47 ID:ESA2jzXB
>>907
おいおい、論点をすりかえるな。

漏れは江戸後半の武士道とされていたものが
何であったか司馬の記述を支持するが
当時の武士全員が(「階級」>>907という用語だとそういう事だろ?)
すべて武士道を24時間365日遵守してたなどと論じてない。
おまいはkoueiか。

ただ864がオウム=武士道説を譲らないから
>オウムのどこに敵に対する情けがあったのだろう?
>漏れはオウムの教義に詳しくないので教えてくれ。(>>864)
と尋ねている訳だ。返答はどうなったのかね。

911 :864:04/01/25 18:51 ID:rcf5Vzk5
>>905-906
話にならんな。現象は概念に先行する。影響関係のあるなしに関係なく(恐らくない)
結果として、オウムと「武士道」は同じような精神的基板の上にある、
ということを言っているのだ。

>>902
「騎士道」と呼ばれる、騎士の心構えの規範において、
Courtly Love は大きな位置を占める。
これは、自分より格上の貴婦人と、どう隠れた恋愛を楽しむかが要点で、
ようするに浮気のテクニックだ。
トリスタン・イズー物語やラーンスロットとグィネヴィアの物語を思えだしたまえ。
武勇やら礼節やらは、所詮物語の中のものでしかない。
実際には、Courtly Love 以外に、そんなものが遵守されていたことはないのだ。
あるなら、具体的に教えてくれ。

疲れたので、今日はここまで。

912 :日出づる処の名無し:04/01/25 18:52 ID:s0YXDLTr
死を賭して諫める事と、死を以て訴える事は同じじゃ無いよ。

913 :Niur ◆jjkdNiurZE :04/01/25 18:55 ID:ESA2jzXB
>>911
それはアーサー王の物語みたいな奴だろ。
漏れが>>902で分けた「宮廷風物語」であって、
史実を基にした武勲詩とは
騎士道物語の中でもジャンルが違うんじゃなかろうか。

916 :日出づる処の名無し:04/01/25 19:01 ID:4maMGLvx
別に武士道原理主義者には成らなくともいいんだよ。
現代社会にはそぐわないしな。
ただ、人の目を気いせずに、恥ずかしい行動、
迷惑な行動をすんのをを止めてくれってこと。
そのために、武士道と言う昔の武家の価値感を引き合いだしてマンセーしてんだろ。
現代でいくら武士道を説いても公に殉じる人間は少数だろうにな。
江戸時代の社会においては素晴らしい理念であり、
現代においても注目すべきものである考えだということ。

オウムはいくらなんでも引き合いに出すべきものではないなあ。
終末思想を根拠にポアをしてるのにねぇ。

920 :日出づる処の名無し:04/01/25 19:13 ID:aGyxF+DO
>>900
>残念ながら、「葉隠」という著書は、そういった倫理問題には殆ど無関心
>なのだ。同様に、「武士道」は善や義を語らず、くだらない身の構えに
倫理、善の問題が時代に拘束されていることを考えれば、
倫理、善に係わらない点で、「葉隠」は時代を超越しているとも言えるんじゃ?w

水掛け論になるけど、「葉隠」の場合には、主語をどう選ぶかで
「毒」にもなり「薬」にもなる訳なんじゃないの?

主語に「独裁者」「悪」を選んだ場合の
否定的な面のみをあなたは心配し、懸念しているようにも取れるが、
「主語」「お殿様」に、隣人、社会、「善」を選択できる可能性はないと
言うのだろうか?(葉隠の文脈から言って)
また、「主語」「お殿様」に、隣人、社会、「善」を選択しても
それでもなお問題が大きく、デメリットが残ると言うのだろうか?
その「善」を実現するために、「武士道」的なノウハウにメリットは見出させないのだろうか?

要は、隣人、社会が必ずしも正しい訳ではないし、「善」も万人にとって
善なるものはないとの前提からスタートすると、「葉隠」的な「武士道」には
危ういところが残るということなのだろうか?

921 :日出づる処の名無し:04/01/25 19:30 ID:Q+P72hNS
>>899
>諫死ほど馬鹿げたものもないな
ってのは個人的な感想だな。

武士道は武士が生きる上で自然発生的に出来た考え方。
それを批判するなら、武士という存在を批判するべき。

それと葉隠は江戸時代、平和なときの武士の理想を書いた
もので葉隠=武士道だとすべきじゃないと思う。
でも、根本的な物は普遍的な概念で多くの人と共通するものだと思う。

922 :日出づる処の名無し:04/01/25 19:36 ID:Q+P72hNS
>>911
それこそ騎士道の一部を持って全体を批判しているだけじゃないか。
道は考え方で実質がどうあったのかとは関係がない。
犯罪者がいるのは法律が悪いからっていってるのと変わらない。

925 :日出づる処の名無し:04/01/25 20:07 ID:KlT9vTSE
武士道を説明するのに葉隠をもってくるのもどうかと思うが。

929 :日出づる処の名無し:04/01/25 22:07 ID:aGyxF+DO
>>925
葉隠の作者が武士(道)の解説をするって書いていることだし、、、

もっとも、新渡戸稲造の「武士道」でも「葉隠」は、確か、引用されてなかったよね。
明治まで「葉隠」は、一般には余り知られていなかったとも聞くが、、、

931 :日出づる処の名無し:04/01/25 23:24 ID:+wu8JyUi
葉隠は武士の技術書のようなものだし、
そもそも武士道というのは日本の中世の支配階級を説明しようとした者が定義しただけで、
武士道なる教えやそれによって構築された団体があった訳ではない。

欧米の中世の日本を研究する者にとってはキリスト教のような宗教的教義も無く、
倫理というものを社会に存在させる為の原理が全く理解できなかった。
今の武士道と呼ばれるものは社会と文化を発展させ、平和な社会が何百年も続きながら
幕末まで有事へ対応する心構えがあったという事を説明しようとした時、
判り易く武士道と定義しただけ。

本質的には中世日本社会論として語るべきものだろうな。

932 :日出づる処の名無し:04/01/25 23:43 ID:dWdCd/uf
武士道は、現代の日本には無いと主張する
朝鮮人の言う事を間に受けてしまう日本人がいるのも
しかたないと思える程、今意識して明確に武士道を
教えたり受け継いだりは日本人はしていない。
でも、日本人の倫理観、無意識の行動規範の中に、
実は武士道はかなり大きな影響を残している。
(特にスポーツや武道に対する姿勢に)
それは、親から子へと代々受け継いだ、<これを善とする>という
判断基準であり、社会全体で受け継いだ考え方そのものだ。
それが武士道からきていることは、恐らく意識はしていないのだが、
武士道に関する本を読めば、ああ!と納得すると思う。
例えば、一生懸命 を良しとする考え方。
勝負に負けたら潔く を良しとする考え方。
言い訳せず、実力を高める努力をする という考え方。
嘘を蔑み、正直を善とする 考え方。
こういったことは日本の社会的に受け継がれる武士道の考え方だ。
これは日本人の国民性の形成に影響を与えていると思う。

950 :日出づる処の名無し:04/01/26 03:07 ID:/Qd7K+CI
>864
武士道=絶対服従 とは笑わせてくれるね。
武士が体制に絶対服従なら、そもそも明治維新なんて起こりようが無い。
武士に限らず、昔の日本人はお上に対して結構はっきりものを言っていた。

俺の故郷の山梨では、戦国時代に武田信玄が定めた税制が、江戸時代まで残っていたらしい。
内容は年貢の一部を現金で納められるというもので、
当時の貨幣の価値の安定性などを考えると
農民達に都合の良い税制だった。別に大規模な一揆が起きたわけでもないのに
こんな事実があるのは、武士側が農民の要求に耳を傾けていたからだ。
昔の日本にも、ボトムアップで行政に要求を通す手段があったのだよ。

958 :日出づる処の名無し:04/01/26 15:54 ID:awxLHQSc
武士道なるものに多くの日本人が魅力を感じてるのは、
やはりそこに惹かれる何らかの魅力があるからなのだと思う。
私が思うにはそれは「美意識」じゃないだろうかね。

ナルシストっぽい言い方なのだが、人はそれぞれ何らかの美意識って持っていると思う。
「~は邪道だ」とか「やっぱ~するなら~だ」とか、こだわりとも言えるかね。
で、武士道のそれは気高くて美しい。そう感じる。
武士道ってのは何よりも己に厳しいんだ。誠実であれ、忠実であれ。
名誉を守れ、恥を知れ。自制心とも言えるのかもしれない。己を律する心ですな。

これにある種の憧れを感じるのではないだろうかと思うな。
自分も含めてね。私は道端にタバコ捨てたりしないよ。
私の美意識がそんなことは絶対に許さないからな。
んなことするやつぁ恥を知れってなもんだ。

981 :864:04/01/26 23:43 ID:cEVqD8YJ
ふぅ、このスレ(板?)は驚くべき厨房ぶりだな。ここは朝鮮か? 
まともに話も出来ん。仮に、武士道が「名誉と恥」なら、(数名の例外を除いて)
「武士道」を語るとは片腹が痛い連中ばかりだな。学問板にでも移動することにしよう。
>>950
たまたま目に付いたのでレスしておくが、君は「葉隠」さえも読んでいないな?
まあ、典型的な厨レスなので、見せしめにしておく。

>武士が体制に絶対服従なら、そもそも明治維新なんて起こりようが無い。
第一に、江戸期の武士が、「武士道」なるものを実践したことは、
僅かの私怨を例外として、ない。
これだけでも、明治維新は「起こりよう」がある。

第二に、例えば常朝が絶対的価値をおいたのは、鍋島藩であって、江戸幕府ではない。
即ち、服従の対象は、国家体制だけではなく(「体制」などといった覚えは全くないのだが)、
ごく小規模の主従関係にも及ぶ。それ故、加藤周一が指摘しているように、
常朝の「武士道」は、国家体制の強化にもつながれば、逆に国家反逆の要因ともなる。

982 :日出づる処の名無し:04/01/27 00:01 ID:NVAM049g
葉隠れを武士道の典型として考えられてもねえw
当時の情報網では、日本全土に統一した思想が存在したなんて
考える方がアホ。

983 :日出づる処の名無し:04/01/27 00:11 ID:xLQ3Y38e
葉隠に関しては同意だが、江戸時代の情報の伝播速度は馬鹿に出来ないよ。
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コメント
- 武士道とは -
江戸時代に入り、社会が安定してきたなか、武家という狭い親戚社会内で、談合して謀反等を企まないように、恥の定義と義務と権利をはっきりさせ、秩序を保とうとした試みだったのでは、と。想像ですが。本来は、美学を利用した単なるシステムであって、当時の武家以外では全く役に立たないシロモノなのだと。武士だけに。江戸時代の武士はほとんど官僚と変わらなかったと聞いてる。
2009/11/16 20:10  | URL | 名無し #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
「葉隠」をせめてちゃんと読んでから
話にもってくればいいものを…。
どうせ所蔵すらしてないんだろうけど。
2009/11/14 11:32  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
真っ当な意見と見せかけ、実は意識の押しつけで論点をはぐらかす教祖様が多々おります。
皆様も以下の「詭弁の特徴15条」を覚え、意識の押しつけをガードしましょう。

1:事実に対して仮定を持ち出す
「失った妻子を助けることができるかもしれんぞッ!!」
2:ごくまれな反例をとりあげる
「大抵の人間は"真実"を認めず"常識"だけにとらわれる。
それゆえ、"恐怖"に支配される。 だが、貴様は別だ。」
3:自分に有利な将来像を予想する
「魔都は貴様の過ちを赦し、眠れる"力"を呼び覚ますだろう!」
4:主観で決め付ける
「貴様が殺したのだッ!」
5:資料を示さず自論が支持されていると思わせる
「 このオレが大丈夫だと言っているんだ。わかるな?ハーディン。 すべて、大丈夫だ。」
6:一見関係ありそうで関係ない話を始める
「オレは兎で、貴様は狩人ってわけだ。」
7:陰謀であると力説する
「 VKPによって後から刷り込まれたニセの記憶なのだ。」
8:知能障害を起こす
「裏目に出たか!」
9:自分の見解を述べずに人格批判をする
「貴様のような下衆は… 地べたを這いまわっているのがお似合いだ…。」
10:ありえない解決策を図る
「ジャンプさせるぞ、ハーディン!」
11:レッテル貼りをする
「 "信仰"という名の麻薬に冒された哀れな子羊なんだな、サマンサ。」
12:決着した話を経緯を無視して蒸し返す
「思いだせ、ライオット。」
13:勝利宣言をする
「 …おまえの顔は見飽きた。」
14:細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
「全部じゃない。ごく一部の連中さ。」
15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
「真の悪党は強大な権力を手にした者という世の常はかわらんな。
本人が気づいていないのが哀れすぎる」

こうですか?><解りません!
2009/11/13 09:07  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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赤字ほどの釣り主も少ないだろうな。

赤字がアーサー王物語の登場人物が出とてきたが、絶対神の存在を忘れてるようだね。てか赤字はアーサー王物語読んでないだろ。
ランスロット(イケメンモテモテ)とギネヴィア(アーサー王の奥さん)は確かに不倫関係だったが、ランスロットはそれによってひどく苦しんでいたし、二人の関係に気づいたアーサー王と、騎士団がまっぷたつになるほどに敵対する羽目になった。ランスロットはアーサー王のことを尊敬していたからものすごく苦しむ。しかも争いの中でアーサー王やランスロットの親友は死んでしまう。アーサー王の死後、ギネヴィアは出家してランスロットと会おうともしない。ギネヴィアも自信の不義によって騎士団を真っ二つにして、アーサー王を殺す原因になったことを苦しんでいた。ランスロットはギネヴィアが死んだことを聞くとそのまま食を断って亡くなった。
立派な騎士であったのに、キリスト教の教義に背いてしまったランスロットのこの哀れなまでの破滅っぷりを、単なる浮気と呼ぶのはおかしいと思うが。赤字はちょっとキリスト教をなめてるだろw
2009/11/12 17:55  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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最初に「武士道はない」と言い切って、
そのすぐ後で「あるとすれば第二次世界大戦の盲目的大衆とオウム真理教」と言い換えて、
その後で「そもそそも武士道って何?」って聞いて。
「それは武士道じゃない」とか「そんな武士道は有害だ」とか言い出して。

結局この人が定義する「武士道」ってどういうもので、あったのかなかったのかどっちなんだ。
2009/11/12 03:36  | URL | #mQop/nM.[ 編集] |  ▲ top

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最近荒らしが暴れてるようなのしか扱わないから読み飛ばすことが多くなったな
2009/11/12 03:20  | URL |      #-[ 編集] |  ▲ top

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メチャクチャな例えをだして枕流漱石しちゃったんだなw
とりあえずもう寝なさい
2009/11/12 01:22  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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葉隠って書かれた当時は禁書扱いじゃなかったっけ
cEVqD8YJは知らなかったんだろうな、恥晒しちゃって
2009/11/11 23:42  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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印象的な問題提起をしようとして失敗したというパターンでしょうか・・・。
最初の設問が悪いから、議論が空転してる感じ。
2009/11/11 20:41  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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rcf5Vzk5
↑こいつが市○だとしても全然驚かないなw
2009/11/11 20:19  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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rcf5Vzk5は、典型的な友達になりたくないタイプだなー、とおもった。
2009/11/11 19:45  | URL | #zQHIT1rU[ 編集] |  ▲ top

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ってかこのスレ、編纂して残す必要あるのか?
厨二病の痛い記録ばかりじゃないか
2009/11/11 17:44  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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頭はいいんだろうが片務的で都合の悪いレスはスルーはちょっとな
議論に勝ちないならばそれでいいんだろうが
2009/11/11 17:06  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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前近代の人は、様々な集団に所属していたから、それぞれを立てなければならない。(現在の人は極端に言えば法律と言う1つのものだけ)
武士の命令系統も、その上にあることを考えれば、このような馬鹿な考えにはならないはず。

武士道と言うフレーズとその定義から考えるから、とんでもない考えになってしまう。日々の生活が歴史になってゆくことを忘れてしまう。
2009/11/11 11:08  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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 典型的なカルトや詐欺に引っ掛かるタイプやね
 今頃、統一協会にで入ってそうや
2009/11/11 10:34  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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もの凄い理屈だなー。

「AとBに共通点と呼べそうなものがある、よってAとBは同じ」
みたいな。
部分的に一理あるから、もったいないね。

日本人の倫理観は武士道ばかりじゃないと思うけど、武士道も関わっている事は事実。
2009/11/11 08:55  | URL | Sky. #-[ 編集] |  ▲ top

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何だ赤字…丸っきり気違いじゃないか…引くんですけど…
武士道がオウムとか有り得ない…武士はサリンテロなんかやらねーよ!
マジヤバイよこいつの精神構造
マジで病院行った方がいいよ、吐き気する
2009/11/11 07:44  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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つかカルト宗教って既存の倫理や価値観を自分たち(教団)の都合のいいよう利用して信者を増やすんだよね
言ってることは間違いではないから騙されるひとがあとをたたない(やってることはおかしい
2009/11/11 06:15  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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うーん
こういう人の話を聞かずに、その会話を利用して格好いい自分をアピール っていう感じの人間が上司だったことを考えると悲惨ですね。
現代に生きるドンキホーテ ってとこですか。
2009/11/11 03:22  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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こんな真性を馬鹿呼ばわりしたら
馬や鹿が気の毒にさえ思えるレベルだな。
2009/11/11 01:14  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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いつも思うが馬鹿は他人の話を聞かないな
2009/11/10 23:45  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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オウムと結びつけたオレってすごくね?
ってわけだろ。厨二時代にはありがちなこと。おっさんならオワテル。
2009/11/10 23:43  | URL |              #-[ 編集] |  ▲ top

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武士道がどうとか頭悪いんで良くわからんが、今朝やってたテレビだと子供の教育に論語を使うのが流行ってるそうだ。論調としては懐古主義というより温故知新に近いと思った。
2009/11/10 23:24  | URL | #SFo5/nok[ 編集] |  ▲ top

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武士道⊃オウム真理教なら同意
2009/11/10 21:46  | URL | 名無し隊員さん #-[ 編集] |  ▲ top

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864:日出づる処の名無し:04/01/25 15:17 ID:rcf5Vzk5

5年と10カ月たって、ID:rcf5Vzk5氏がどのようになっているか知りたい。
2009/11/10 21:35  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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>学問板にでも移動することにしよう。

だからどっか行ったんだろうけど。
葉隠=武士道が拠り所だから、それを否定されてもノータッチだよねこの人。

2009/11/10 20:59  | URL |                         #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
ま、あれだ。
中2病が治ってないんだな。
2009/11/10 20:43  | URL |    #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
いるよなこういうやつ。インテリぶって他人を無条件で見下し人の言葉に耳を傾けず自分の主張を垂れ流すだけのやつ。なんでこういう奴ってみんな似たような口調なのかねえ。
2009/11/10 20:35  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

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よくこんな真性にまともに答える気になるなあ
人が良すぎやしないか?
あまりのくだらなさに途中から流し読みしてしまったよ
2009/11/10 20:30  | URL | 名無しさん #-[ 編集] |  ▲ top

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 いまでも似たようなスレが立つからデェフォなんでしょう

剣道も柔道も武士道も明治以降の言葉なんだよね(一応)
 剣道や柔道は剣術、柔術からだけど武士道はその前身の言葉が無い分伝わりにくいわな。
 あと、↑見てて思ったけど、侍の主君=人ってのが一般的な解釈なのかな?どちらか言うと主君=主家代表じだと思ってた。
 ●●家に仕えて〇〇年・・・とかの言い回しとか代々~とかね。
 主家の名誉を汚すならば主人を諌めるのを厭わずだと思ってたよ。
2009/11/10 20:21  | URL | か #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
武士道=オウム真理教はないだろうw
仮に武士道が現在の新興宗教に通ずるものがあるなら、決定的となる理由を証明してもらわんと。
またピンポイントで、オウム真理教が該当する根拠示してほしい。

>オウムのどこに敵に対する情けがあったのだろう?
>漏れはオウムの教義に詳しくないので教えてくれ。(>>864)
と尋ねている訳だ。返答はどうなったのかね。

早く回答しないかなw
2009/11/10 19:38  | URL | #xN7Za8Hk[ 編集] |  ▲ top

-  -
赤字の人(釣り主とでも呼ぶかw)の詭弁っぷりが際立ってるね。
オレならこう反論するかな。
---
武士道とは、ある時に誰かが定義したものじゃない。長い年月の間に自然と醸成されたものに、後から名前をつけたものだ。
だから、仮に武士道の本質が「名誉と恥」だとして、それが武士に限らず一般的だったとしても、何もおかしくない。むしろ自然な成り行きである。
---

学校の教科書の歴史だと、「〇〇という人物が△△という概念を唱えた(それ以前にそんな概念は無かった)」みたいに覚えてしまいがちだけど、現実はそんなに単純にはいかないよね。
2009/11/10 19:22  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
その「真性の馬鹿」のその後が気になる。
864氏が現在、どのように考えているのか興味がある。
2009/11/10 18:21  | URL |   #-[ 編集] |  ▲ top

-  -
真性の馬鹿がわいた回か
読む必要もないな
2009/11/10 18:10  | URL | #-[ 編集] |  ▲ top


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